憲法改正より大事な問題がたくさんある

池田 信夫

NHKの世論調査によると、「今の憲法を改正する必要があると思いますか」という質問に、あるが29%で、ないが27%だが、2014年以降に大きく下がっている。この状況では、たとえ改正が国会発議できても、国民投票で否決されて取り返しのつかないことになるおそれが強い。それにしても、本当に憲法改正は必要なのだろうか?

昨年のきょう出て話題を呼んだ安倍首相の「第9条3項」案によると、自衛隊を合憲とするのは「自衛隊は違憲かもしれないけれども、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任だからだという。

これは理由づけとしては情緒的で、根拠にとぼしい。本当は「いつまでも国会で神学論争が続く状態に終止符を打つ」ということだろうが、「国会軽視だ」と野党の批判を浴びるので、こういう精神論にしたものと思われる。

民間憲法臨調動画より:編集部

第9条2項の「戦力を保持しない」という規定を変えないで第3項に「自衛隊は合憲」という意味の規定を付け加えるのは、公明党への配慮だろうが、その後の状況をみると公明党の態度は変わらず、神学論争は終わりそうにない。自衛隊という言葉が条文に入ると、よけいに論争を刺激しそうだ。

オーソドックスなのは石破氏のように第2項を削除する案だが、それで何が変わるのだろうか。おそらく最大の変化は自衛隊ではなく、日米同盟の位置づけだろう。第2条を残しておくと「集団的自衛権の行使は違憲」という類の神学論争が出てくるが、それを削除すると日米同盟の合憲性という問題そのものが消滅する。

だが現実には、安保条約の運用は現状と大きく異なるものになるとは考えられない。集団的自衛権の行使を存立危機事態などに限るという2014年の閣議決定も絶対ではなく、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が提言したようにフルスペックの集団的自衛権の行使を認めることは内閣の裁量の範囲内である。

もともと1950年代に自民党が憲法改正しようとした目的は、不平等な安保条約と行政協定(今の地位協定)を改正して、対等な日米相互防衛条約にすることだった。1951年の旧安保条約は占領統治の延長で、米軍は日本防衛の義務を負わない「米軍駐留協定」だった。これは1960年の新条約で是正されたが、今も在日米軍基地はアメリカ政府の指揮下にあり、日本に軍事的な主権はない。

この点で、日本はかつての西ドイツと同じく半主権国家であり、それを解決するには安保条約の再改正が必要だ。沖縄の基地問題に関連して地位協定の批判が出るが、それを改正するには、根本原因である安保条約を改正し、日米同盟を再構築する必要があるのだ。

そのためには、核拡散防止条約(NPT)の改正(あるいは日本の脱退)が必要だ。NPTは日独の核武装を阻止し、日本をアメリカの核の傘の下に入れて支配する不平等条約だからである。これはアメリカが認めないので、最近いわれる核武装論は外交的には不可能である。

つまり憲法を本質的に改正して日本が主権国家の地位を取り戻すには、少なくとも安保条約と地位協定の改正が必要なのだ。これも外交的には不可能に近いから、現状で第9条の条文だけいじっても意味がない。日本が主権国家ではないというのは、プライドの問題以上でも以下でもない。

ところが与野党ともに、安保条約やNPTについては何もいわない。これでは日本が主権を取り戻すことはできない。私も憲法改正ができるならしたほうがいいと思うが、こういう大きなコストを考えると、もっと重要な政治課題は他にたくさんあると思う。