移民・難民政策でEUは完全に分裂

長谷川 良

Theophilos Papadopoulos/flickr:編集部

欧州連合(EU)は24日、ブリュッセルで移民・難民問題の緊急非公式首脳会談を開いたが、加盟国の間で移民・難民政策が異なり、EU共同対策を構築することは難しい状況だ。加盟国の間では「EUは創設以来、最大の危機に直面している。28カ国から構成されたEU自体が崩壊する危険もあり得る」と懸念する声が聞かれる。

EUで移民・難民問題がここにきて先鋭化してきた直接の契機は、最大の難民受け入れ国ドイツのメルケル連立政権内で政策の対立が表面化してきたからだ。メルケル首相が率いる「キリスト教民主同盟」(CDU)とその姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)が難民対策で対立、CDU・CSU・SPD(社会民主党)の3党からなる連立政権の土台をも震撼させているのだ。

メルケル首相と難民政策で対立するゼーホーファー内相(CSU党首)CSU公式サイトから

メルケル首相(CDU)の難民歓迎政策を批判し続けてきたゼーホーファー内相(CSU)はCDUとの政党同盟の解消をちらつかせ、連立政権から撤退も辞さない強硬発言を繰り返している。首相と内相の間で難民政策が異なれば、ドイツはもはや統一した難民政策が実施できなくなる。

ゼーホーファー内相は23日現在、「メルケル首相の政策ガイドラインに従えば難民を国境で追放することが出来なくなる。欧州で登録済みの難民は国境で返還させるべきだ」と強気の姿勢を崩していない。独バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相 (CSU)によれば、ドイツに昨年登録された4万人の難民は他の欧州で既に申請済みだったという。

一方、リビアから殺到する難民ボートを受け入れてきイタリアで6月1日、大衆迎合運動「5つ星運動」と極右政党「同盟」(リガ)のジュセッペ・コンテ連立政権が発足したが、新政権は「わが国は今後、一人として難民を受け入れない」と主張している。東欧諸国のヴィシェグラード・グループ(ポーランド、 ハンガリー、スロバキア、チェコの4カ国から構成された地域協力機構)はブリュッセルの難民分担策を強く拒否してきた。また、オーストリアで右派政党「国民党」と極右政党「自由党」のクルツ連立政権が昨年12月に発足したが、これまで以上に厳格な国境管理を実施してきた、といった具合だ。加盟国の多くは難民お断りを全面に出してきたわけだ。

EU議会のアントニオ・タヤーニ議長は23日、難民政策でEU各国が自国の利益だけを追求すれば、EUは分裂するだろう。難民問題はドイツの問題ではなく、欧州レベルの解決を見出さなければならない」と強調している。

オーストリアのシュトラーヒェ副首相(自由党党首)は、「ドイツが他の欧州で登録した難民の送還処置を取れば、他国に連鎖反応が起き、欧州で国境を閉鎖する国が増えるだろう。そうなれば、わが国はこれまで以上に国境警備を強化する。域内の自由な移動を認めたシェンゲン協定は暫定的に停止されることになる」と述べている。ちなみに、クルツ連立政権が発足して以来、難民強制送還の件数は40%増加したという。

イタリアへ殺到した難民の数は今年は2017年比で約80%減少したが、コンテ新連立政権は難民政策では厳格な難民政策を実施してきた。難民救済ボートとの問題では、マッテオ・サルビーニ内相は、239人の難民を救済したドイツのNGO救援船「ライフライン」メンバーの拘束と船の押収を要求している、といった有様だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、今年に入り1000人以上の難民が地中海で溺死している。参考までに、イタリア海岸警備隊は23日、「われわれはリビア海岸線での難民救済の責任を担っていない。だから、リビアの海岸警備隊に今後、救済を求めるべきだ」と通達している。

一方、オーストリアのクルツ首相は23日、「現実的ではない難民の分担論争は止め、EU国境線の監視強化に乗り出すべき時だ。人身売買業者が主導する難民ボートが欧州にこないようにしなけばならない」と主張し、欧州域外に難民申請場所を設置し、そこで難民を保護すべきだという。欧州域外で難民収容所を設置する考えはデンマークのラース・ロッケ・ラスムセン首相も主張してきた。

それに対し、フランスのマクロン大統領とスペインのペドロ・サンチェス 新首相は「欧州域内に到着した難民の収容センターの設置」を提案している。マクロン大統領は「欧州は難民への連帯を表明し、経済的支援を実施すべきだ。難民返還の場合も欧州レベルで共同に実施すべきだ」と主張している。

厳格な難民政策を実施するハンガリーのオルバン首相は22日、同国のラジオ放送とのインタビューの中で、オーストリアとイタリア両国を称賛し、「東欧4カ国と同じ政策を実施している。西欧の難民歓迎政策に対抗して連帯していこう」と呼びかけている。

なお、オルバン首相は24日のブリュッセルの難民問題のミニ非公式首脳会談について、「ドナルド・トゥスクEU大統領が招集したのではなく、ジャン・クロード・ユンケル委員長が招集したものだ。合法性に問題がある」と反発し、ブリュッセルのミニ首脳会談への参加ボイコットを呼びかけている。

ヴィシェグラード・グループ(東欧4カ国)に対しては、フランスなどから「EUから経済支援を受け利益を享受する一方、欧州の基本的価値観を無視して自国ファーストを主張することは許されない」という厳しい批判の声も出ている。

いずれにしても、EUは今月28日、29日の両日、首脳会談を開催するが、24日の非公式首脳会談で移民・難民問題でEU共同の対応が決定する可能性はほとんどない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。