危険地域に住むのはやめて地方でも集住すべき

2018年07月08日 22:00


豪雨で多くの犠牲者が出ていることは誠に痛ましい。総括はまだ早いが、いくつか気になったことを書いておく。

危険の周知はかなり良好にできていたように思う。テレビでもインターネットでも「かつて経験したことがないほどの危険」とか大騒ぎだったし、けっこう、きめ細かかったので、全般的には周知徹底に瑕疵があったとは思えない。

ただ、思うに、このところ、もっと軽い危険のときにも、同様の放送をしていたので、今度こそたいへんというアピール力がなかったのではとは思う。地震の震度でもこのところ、震度5とかいわれても以前の震度4ほどでもないような気がしたりする。オオカミ少年にならないためには、ひごろ不要に大げさに発表しない方がいいよう。

それから、私のスマートフォンも京都市の同じ区には違いはないが、何十キロも離れた山中に避難命令が出たとかいうことで鳴りっぱなしだったが、GPSでいまいる場所についての情報をストレートに示してもらえないかと思う。

家とか職場なら地名を言われたら分かるが、移動中だったりすると、今いる場所がどういう扱いなのか分からない。一週間に一度、京都と徳島を往復するが、途中バスで動いているときに南海トラフ地震で津波が来そうだったらどうしたらいいか戸惑うだろうと思う。でいまいる場所からどうすればいいかを知りたい。

地方自治体の防災対策は、そこの住民のことばかり考えて、そこで働きに来ているとか、観光やビジネスで来ている人のことを十分に考えているとは思えない。

こういう災害があると、建設業界が防災工事をどんどんやれというが、そんなことしていたら、そうでなくとも、高度成長期につくりすぎたインフラのメンテナンスだけでもたいへんなのに現実性がないと思う。かつて、増田寛也氏が岩手県知事をしていたときに、いちど山崩れを起こしたところにその場での再建はせずに、安全な場所に移ってもらうと言う方針を立てていたので、私は非常によいと思った。

これだけ、毎年、豪雨が起きると、これまでより安全な場所にだけ住むことが大事だ。それに、そもそも、農山漁村では、職住近接をやめるべきだと私は主張している。

むかしは、自動車がなかったから、田畑などのそばに住まざるを得なかった。しかし、いまは、生活の利便を考えて、人口数千とか一万くらいでまとまって住むべきだと思う。そのほうが、教育、医療、介護などの観点からも合理的である。

とくに、崖下や地盤の悪いところからは、撤退すべきである。私はなにも農業や林業をやめろといっているのではない。田畑などに通勤すべきだといっているのだ。

ちなみに、モデルとして私がよく持ち出すのが、秋田県の大潟村である。人口約3000人で、ひとつの集落にすべての施設や住宅は集中している。白地に絵を描けば、これが理想だということだ。

大都市集中に地方が対抗するためにも、地方は筋肉質の地域構造になるべきだ。地方自治制度についていえば、人口15~20万程度を最低単位とした基礎自治体に再編すべきで、そこには、必ず高速道路などを確保して経済的に自立できるようにすべきだ。

しかし、個々の集落を維持しようというなら、地方が大都市との競争で大きなハンディを抱えてしまう。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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