アルゼンチンで中絶法案が否決された複雑な社会の現状

2018年08月26日 06:00

8月8日、アルゼンチン上院は中絶法案を否決した。6月に下院でこの法案が承認されて上院に回されたのであった。投票では反対38、賛成31、棄権2、欠席1という結果になり、中絶法案が否決となったのである。

この採決がアルゼンチン国内で注目を集めたのは勿論であるが、ラテンアメリカ全域でも関心をそそった。というのは、アルゼンチンは20世紀初頭からラテンアメリカにおいて文化の発信地として位置づけられており、今回の採決がラテンアメリカ諸国に今後影響を及ぼすと見られていたからである。

現在、ラテンアメリカ49か国で中絶が合法化されているのはキューバ、ウルグアイ、ガイアナの3か国だけで、ラテンアメリカ諸国の多くの市民が中絶の合法化を望んでいるのである。

中絶がケース・バイ・ケースで容認される場合もあるが、一番厳しいのは中米エル・サルバドル、ハイチ、ニカラグア、ドミニカ、スリナムで、この5か国では如何なる状況にあっても中絶は完全に禁止されているのである。エル・サルバドルでは中絶は最高50年の刑が科せられることになっている。

今回注目を集めたアルゼンチンでは、レイプされての妊娠と、母体が妊娠を続けると生命に危険を及ぼすことになると判断された場合は、妊娠14週間までの中絶が認められている。この中絶法が施行されたのは1921年のことで、それ以後一度の改正もなく現在までこの法律が適用されているのである。当時は漸進的な内容だとされていたが、時代の変化と女性を囲む社会環境の変化から、時代に適応した法律に改正することが要望されている。

下院での採決で中絶法案が承認されてから、上院での採決に向けてアルゼンチン社会は賛成派と反対派で過熱して行った。当初、上院でも賛成多数で承認されるという予測が可成り支持を集めていた。しかし、上院は各地方の代議員が選出されており、特に地方は保守的な考えが強い。

しかも、アルゼンチンはフランシスコ法王の出身国である。カトリック教会は中絶には厳しい批判をしている。アルゼンチンのカトリック司教団は当初下院での審議で否決されるものと推断して、オブザーバー的な位置から干渉はしない方針でいた。ところが、彼らの予想に反して賛成129、反対125、棄権1で承認されるに及んで、それ以後上院議員へのプレッシャーをフル回転させたのである。

また、カトリック司教団が懸念していたのはマクリ大統領とペーニャ閣僚首席(首相)がこの法案に内心賛成していると予想していたことで、この二人が上院で中絶承認に向けて工作するのではないかと懸念していたのである。

余談になるが、フランシスコ法王とマクリ大統領の関係が円滑でない理由の一つが、中絶についてであるというのは秘密裡に正解だとされている。マクリはブエノスアイレス市長の時に中絶法について支持を表明していた。その時、フランシスコ法王は同市で枢機卿を務めていた。

勿論、大統領になったマクリは今回の上院での審議については、全ての国民の大統領という立場から彼自身の考えは明確にせず、曖昧な姿勢を貫いている。例えば、最初は「生命を守ることにおいて」と言及しておきながら、後日個人の見解を述べた時には「テーマの中心は女性が決定できる権利である」と言って、中絶するのを女性が選べる権利として支持するような表明をしているのである。

マクリのこの曖昧な姿勢が彼の率いる連合政党「カンビエーモス」の所属議員の統一を乱し、半数以上の議員がこの法案に反対票を投じたのである。その結果、この法案が否決されるという事態を生んだのである。午前中始まった審議は16時間の討議になり、審議が終了したのは夜中の3時近くであった。

結局、「カンビエーモス」は17議席が反対票、8議席が賛成票を投じるという結果を生んだのである。マクリがリーダーとなって変革を訴えて出来た連合政党であるが、保守、中道、リベラルが集まっての連合政党であることと、マクリが明確に党の方針を決めなかったことが同党の票が分かれた理由である。

前大統領で現在上院議員として賛成票を投じたクリスチーナ・フェルナンデスは「私の娘が私の意見を変えさせたのではない。多くの若い女性が街頭で懸命に(中絶承認を)訴えている姿だ」「今夜、これは承認されないであろう。しかし、来年或いはその翌年にはそうなる(法制化される)だろう」と述べた。

多くの女性がこの法制化を訴えた背景には非公式のデーターではあるが、アルゼンチンでは毎年35万人から45万人の女性が非合法に中絶しているというのである。そして、闇で中絶する結果、毎年4万7000人から5万2000人の女性が入院せねばならない状態に追い込まれているという。2016年はそれが要因となって43人が死亡したという。

今回の結果を踏まえてマクリ大統領とペーニャ閣僚首席は、近く刑法の改正案を議会に提出する意向でいる。その案の中に中絶は犯罪ではないということを盛り込む意向だとしている。

この改正案は中絶が合法化される法案ではないが、少なくとも女性が中絶することによって刑法の適用から逃れるためである。現在のアルゼンチンの刑法では中絶は最高4年の懲役が科せられることになっている。

来年、中絶合法化を議会で審議するように計ることも可能とされているが、来年は大統領選挙と議会選挙が予定されており、現行の議席内容であればまた否認される可能性が高い。そこで、マクリ大統領は応急の対処として刑法で中絶が犯罪ではないということを議会で承認させるように動く意志を固めているのである。

また、マクリ大統領はコンドームを無償で提供することも計画している。そして、学校でのセックスに関しての教育も積極的に進めさせる意向だとしている。

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