30代の頃、ある会社役員をしていた時の話になる。当時の社長は「忙しい」が口ぐせだった。そのくせ、他の役員が「忙しい」を口にしようものなら、「いいか、忙しいは、“心を亡くす”と書くんだ。忙しいを口にしてはいけない」と説教がはじまった。なんで、人は「忙しい」を口にしてしまうのか。ここに一つの回答がある。
今回は、『管理職1年目の教科書』(東洋経済新報社)を紹介したい。著者は、櫻田毅さん。大手上場企業を経て、米系資産運用会社ラッセル・インベストメント等で経営に携わる。現在は人材活性ビジネスコーチとして活動をしている。主な著書としては『外資系エグゼクティブの逆転思考マネジメント』(ぱる出版)がある。
チームの平熱を理解しているか
組織が自発的な分散処理型の組織へと進化していく過程で注意すべきことがある。メンバーは自ら行動を起こすことが増えていくため、特別なことをやっているのではないかという錯覚に陥ることがある。これは、非常に危険な錯覚であり、生産性の高いチームへ成長するならそれを当然と思わなくてはいけない。
「高い質の仕事で生産性を高めている組織からは熱の高さを感じます。しかし、やっている本人たちは『それが当たり前ですが何か?』と、意外と涼しい顔をしています。当たり前のように迅速に決めて、当たり前のように仮説・検証を繰り返し、当たり前のようにリーダーシップを発揮しています。」(櫻田さん)
「このように生産性の高い組織の特徴は、他の組織と比べて『当たり前のレベル』が高いのです。私は当たり前のレベル-が高い組織のことを、『平熱が高い組織』と呼んでいます。平熱を高めることが成果に結びつくのはスポーツの世界でも同じです。」(同)
櫻田さんは、日本の女子卓球がよい事例になると解説する。たしかに、ロンドン五輪(2012年)で銀、リオデジャネイロ五輪(2016年)で銅と、連続でメダルを獲得しているように、ここ数年で急速に力をつけてきている。
「中心となる選手が、不動の世界王者中国に乗り込み、現地で研鑽を積みながら力をつけてきたことが理由の1つです。球のスピード、威力、反射力などが段違いに優れている世界トップの中国選手たちと競い合っていくうちに、自分たちの平常時のスピード、威力、反射力も高まった。すなわち平熱が上がっていったのです。」(櫻田さん)
「私たちも平熱の高い環境に身を置くことで、自分の平熱を高めることができます。そこで、チームの平熱を高めるための上司の役割ですが、自らが当たり前のように平熱の高い仕事を行うことによって、部下にとっての平熱の高い環境になることです。部下が一番影響を受けるのは直属の上司だからです。」(同)
チーム内で「忙しい」を禁句にする
ここは東京タワーを見下ろすことができる高層タワー。夜の帳がおりる頃、なにやら、若いビジネスパーソンが歓談中である。どのような会話をしているのだろうか。
A氏 いやーできる人ほど仕事が回って来るんだよね(オレのことだよ)。
B氏 オレなんか予定で手帳が真っ黒(アポぎっしりで忙しいしねオレ)。
C氏 最近、毎日タクシーで先月は20万円超した(当然、会社に請求したよオレ)。
D氏 ここ数ヶ月睡眠時間が2時間くらい(でも、仕事さぼって手抜きするよオレ)。
高層タワーで働いている自分の姿に酔いながら、1階の定食屋で夕飯をかきこむ。今日はハッピーアワーでビール1杯が無料だ。これから彼らの長い夜がはじまる。しかし「オレ」ってどんな「オレ」なのか。このような人を見かけたら、詳しく聞いて見よう。しかし、「仕事が忙しいオレ」に近づいてはいけない。
櫻田さんは、チームの平熱を上げるにあたって注意すべきことがあると主張する。どんなに忙しくても、決してそのことをアピールしてはいけないと。
「どのような状況でも、当たり前のように平然と仕事をこなす上司だからこそ、その平熱の高さがメンバーに伝わっていくからです。いかにも忙しそうにドタバタしていると、それは平熱ではなく発熱していることになり、当たり前のレベルは高くなりません。世の中には、とにかく忙しいことをアピールしたがる人がいます。」(櫻田さん)
「やれ、先週末も出勤しただの、2ヶ月先までアポで一杯だの、食事をとる暇もないだの、こちらが聞いてもいないのに、勝手にべらべらとしゃべる、いわゆる『忙しがり屋』です。忙しがり屋の心理は認めてもらいたいという承認欲求です。『人の何倍も忙しいオレ(こんなに仕事してすごいでしょ)といった具合です。」(同)
もし、あなたのまわりにこのような面々がいたら要注意だ。これらの人種は組織活性を阻害する可能性が高いからである。本書では、生産性や成果の最大化を実現するための方法が紹介されている。管理職の入門編としておすすめしたい。
尾藤克之
コラムニスト