産経が経営危機⁈ 安倍3選は紙媒体の終わりの始まりか?

新田 哲史

以前、寄稿したこともあって経済誌『ZAITEN』から献本をいただいているが、9月1日発売の10月号で目を引いたのが『産経新聞「安倍が日枝に救援要請」』という記事だった。

ZAITEN 2018年 09 月号 [雑誌]

財界展望新社
2018-09-01

 

 

タイトルだけを見ると、全国紙でもっとも経営基盤が脆い産経新聞が、ついに危なくなって、“親衛隊”の危機に安倍首相が、フジサンケイグループのドン、日枝久会長に善処するように頼み込んだように思えるが、そのあたりは「想定内」の話だ。

むしろ、興味深かったのは広告収入の「阻害要因」だ。興味のある人は、ZAITEN本誌を取り寄せていただければと思うが、まずは公式サイトの予告記事に出ている内容だけ紹介してみよう。

“正論ネトウヨ路線”を放棄するのか
産経新聞「安倍が日枝に救済要請」

産経新聞が「最期の大改革」に乗り出した。賞与も削減され社員の士気が低下する中、広告収入の阻害要因になっているとされる「正論路線」も見直されることになるというのだが……。
ジャーナリスト 山鹿武廣

産経東京本社が入る大手町のサンケイビル(Wikipediaより)

産経は今後、紙面とネットの一体化やサイトの収益化に力を入れていこうとしている。産経の詳しい社内事情についてはZAITENの記事に譲るが、外から見ている以上に、紙面づくりはネット的な観点での影響が増しているようだ。

そして、これはZAITENの「左派」的な書き方なので、少し斜に構えた感じではあるが、産経の路線(産経がいうところの「正論路線」)は嫌中・嫌韓のネトウヨ受けを狙ったものであって、広告収入をあげるために、社会部出身の飯塚浩彦社長ら現経営陣は、政治部系の幹部たちが進めてきた路線を見直そうとしているのだという。

これは「意外」な話だ。一般的には、右傾化 or 左傾化のシフトを強くしたほうがPVもあがり、広告収入も比例すると思われている。それは紙媒体の売れ行きも同じことが言え、書籍、雑誌など紙の出版物の売り上げが13年連続で前年を下回る構造不況にあって、安倍政権擁護の論客が多く寄稿する月刊『Hanada』は連続完売の絶好調だ。

逆に「反安倍」路線で鳴らす日刊ゲンダイも公称170万の部数を維持。デジタル版も月間で7,300万PVでたたきだし、一時は1億近かったというから、ダイヤモンドオンラインや現代ビジネスに匹敵する。“親安倍”の長谷川幸洋氏をパージして、菅官房長官の天敵、望月衣塑子氏をプッシュしてきた東京新聞も紙は微減で踏みとどまっている。望月氏が“出現”した昨年上半期には「東京新聞がひさびさに売れ行きがあがって上層部が反安倍でどんどんやれと容認している」という噂が永田町で流れたくらいだ(本当かどうかは知らない)。

応援団もアンチも多い安倍首相(官邸サイトより)

これは、数か月前に会食した某大手出版社の雑誌編集長の分析の受け売りだが、ZAITENの記事で引き合いに出されている安倍首相の存在が、ファンもアンチも「元気」にさせ、結果として政治系の記事を扱う紙媒体を「延命」させてきた側面があるのは、否定しがたいのではないだろうか。

特に2015年の安保国会からその傾向に拍車がかかった。そうした経緯があるだけにZAITENの指摘は「意外」であり、産経の「リベラル化」の経営判断が事実だとすればその深層は新鮮味があって興味深い。

自民党総裁選の情勢は、安倍首相がすでに議員票の7割以上を固め、各種世論調査でも自民支持層に限っては石破氏をリードしており、「安倍3選」が濃厚だ。安倍首相支持を決めている各派閥は、むしろ資金集め等で「貢献度」を競い合っているという噂も耳にするくらいだから、もはや自民党内の多くの議員たちの関心は、総裁選後の人事に移っている….というわけなので、紙媒体は、右から左まで「安倍晋三」コンテンツでもう3年は「食べて」いけそうだ。

“岸田首相”になったら朝日は突っ込みどころが消失?

しかし、安倍政権もいつかは終わりを迎える。3年後、「ポスト安倍」にたとえば岸田文雄氏が就いたとすると、安全保障も経済財政もかなりカラーが違う。リフレ政策を提唱する安倍応援団のメディアは、岸田政権を応援しづらいだろう。逆に「反安倍」路線のメディアも、「権力に対するチェックアンドバランス」とか「個性・多様性を尊重する社会」なんかが宏池会路線だから“突っ込みどころ”がなくなってしまう。朝日新聞は応援していいのか、批判していいのか困るのではないか。

岸田首相ならアンチは激減?(Facebookより)

一方、国連人種差別委批判で保守層の株がまた上がった河野太郎氏が首相になった場合はどうか。岸田政権よりは右派寄りだろうが、得意の行政改革やムダ撲滅に本腰を入れれば、これもまたモリカケで政治と行政の関係をさんざん叩いてきた左派メディアは、ある程度、同調せざるを得ない。

いずれにせよ、「ポスト安倍」が誰であろうが紙媒体愛読者の高齢化は待ってくれない。安倍首相が次の総裁任期終了を迎える2021年、団塊世代がいよいよ後期高齢者に迫ってくる。いまのお年寄りは元気だから80歳になっても国会前デモに参加して声を張り上げる気力はあるかもしれないが、介護施設に入って自動的に“定期購読”を打ち切りせざるを得ない人も増えるだろう。

ここ最近出版関係者と話をしていて、ひそかに話題になるのは「安倍さんがいなくなったら紙媒体はどうするか」。アゴラはたまに左派の人が錯覚しているが、親安倍ではないし、むしろアベノミクスには批判的な論者が多数だ。安全保障政策などは一定の評価をし、左派野党のアホさ加減を批判してきただけのライトな“関係”に過ぎないので、安倍首相がいなくなってもマイナスの影響は何もないが、安倍政権の終わりの始まりは、安倍応援団にとっても「反アベ」媒体にとっても、自らの“ビジネスモデル”のリミットが設定されたことも意味している。

(追伸)余談だが、ZAITEN最新号のメイン特集である会計士業界問題で、自民党最右派でおなじみの西田昌司議員が会計士業界を痛烈に批判しているインタビューが掲載。意見は必ずしも一致しないものの歯切れの良さと、意外な部分での政策通であることがわかって面白かった。