大坂なおみは日本人かについての冷静公平な分析

2018年09月12日 17:00

全米オープンでの大坂なおみの優勝はまことに目出度い。早朝、5時前に息子から電話がかかってきて、「大坂が優勝しそうだけど、WOWOWを契約してないので見られない。スマホをテレビの前に置いてLINEのテレビ電話で転送して」というので、そうしたら、画面音声明瞭だったようで、家族でこの快挙を楽しめた。技術進歩はありがたいことだ。

Wikipediaより:編集部

これは、オリンピックの金メダル10個くらいの値打ちがあると思う。世界一はみんな同じ値打ちなんて偽善であって、そんなことあるはずなし。メジャーな種目かどうかで値打ちが違うのは当たり前だ。テニスというメジャーな競技でのの全米オープン優勝は、ウィンブルドンでの勝利の次くらいの値打ちだろう。これに勝るのは、サッカーのワールドカップと五輪の100メートル走くらいだ。とくに、女子の場合はテニスの地位が高いので余計に値打ちがある。

ところで、この大坂選手の快挙を日本人としてどのくらい喜ぶべきか、さまざまな議論がある。ひとつの極論は、「ハーフだし、日本語もつたないし、二重国籍だしぴんとこない」というものであり、逆の極論は、「日本人の血を引いているのだし、日本生まれだし、日本国籍をもっているのだから、いわゆる生粋の日本人と同じように喜んで上げないのは人種差別だし心が狭い」というものだ。

微妙な問題だが、両方ともまぬけた議論だ。論理的に考えれば、そういうのは、片や恥ずべき感情論であり、片や非論理的な政治的ポジショントークだ。

彼女は、生粋の日本人(ほかにいい表現があればいいが、思いつかないので使っておく。つまり、少なくとも幕末の開国時点に日本に住んでいたという意味での日本民族の血だけを引き、日本国籍だけをもち、日本で生まれ、日本で育ち教育を受け、自身も日本人のアイデンティティをもっているとか言う条件を備えた人とでもしておこう)とどう違うかは、ひとつずつの点について分析していけば正しい回答があるからだ。

まず、テニスの世界では、それぞれの選手は自分の属する国を登録している。これがいちばん大事で、大坂選手の場合は、それは「日本」である。だから、アメリカのメディアも日本選手として初優勝といっている。だから、この点においては、100%日本人だ。

次ぎに、国籍だが、普通に言われているところによれば、アメリカ人の父と日本人の母との間に日本で生まれてアメリカ国籍は自動的にではないが届けることで取得して確定しているし、日本国籍もある。おそらく現在は、合法的な二重国籍であって、22歳になるまでに国籍選択をする義務を負っているということだ。

ただ、彼女の父はハイチ生まれというので、はたして、ハイチ国籍があるのかどうか不明だ。場合によっては、届け出とかハイチの法律のあり方によるが、ハイチ国籍を大坂選手が持っている、あるいは、持ちうるかは不明だ。

生まれた場所と育った場所ということでいえば、大阪生まれで3歳でニューヨークに移り、さらに、フロリダに転居し主にそこで教育を受けた。現在の法的な住所は札幌市にあるという説もある。母親は根室市出身らしい。納税がどうなっているかは分からない。

言葉は英語が主体だが、日本語もそこそこ話せる。父親が日本に10年以上住んでいたので同様の経歴のハーフより日本語が上手だとか日本文化に馴染んでいるとか日本人っぽいところがあるのはそのせいだろう。本人が自分のアイデンティティをどのように持っているのかは、材料に乏しい。ただ、蓮舫のように日本に敵対的な感情をもっているようなことはなさそうだ。

このようなわけだから、彼女は日本人、アメリカ人、ハイチ人から同胞とみなされる要素をもっている。

しかし、だからといって、完全な日本人、アメリカ人、ハイチ人として三か国の国民からみなされるべきだというのはおかしい。一人一人の人間は、同等の価値を持つ。ならば、三人分の権利も義務もないのであって、合計1人分であるべきで、それぞれ、何十パーセントずつ権利を持ち義務を果たすのが論理的だ。

だから、日本人もアメリカ人もハイチ人も生粋の自国人に比べて何十パーセントかずつ喜ぶのが正しい。

これは、日本人でも複数の土地にアイデンティティがある人間の場合でも同じことだ。たとえば、伊達公子選手は、京都生まれで京都でテニスを始め、滋賀県大津市に引っ越しして中学を卒業し、兵庫県尼崎市の高校を卒業し、プロ選手として活躍してから、おそらく、ドイツ人と結婚するまでは大津市に住民票があって納税して長者番付にも載っていた。

本人は京都生まれという意識が強そうだったが、大津市がいち早く地元出身者として表彰などしていた。地元での受け取り方からすれば、京都と大津が半々かやや京都が強く、兵庫県も若干でなかったか。少なくとも、京都市民や大津市民が生粋の地元民として意識することはなかったし、それは、当然でまちがったことでもなかった。

政治家で言えば、安倍晋三は山口県出身で山口で生まれ育った父親と、山口県出身だが東京で生まれ育った母親とのあいだに東京で生まれ、東京で育ち、学校に行き、加古川とカリフォルニアとニューヨークに居住経験があり、山口を選挙区にしている。

菅直人は、岡山県出身の両親のあいだに山口県の宇部に生まれ育ち、高校二年生から東京に移り、東京を選挙区にしている。

本人については、安倍は長州人だと信じているし、山口の人もそう思っている。しかし、客観的にみれば東京人らしい東京人でもある。菅直人は自分では長州人だと思っているし、そうらしい所もおおいのだが、山口の人は地元人とは見なしていない。

東条英機の家は伊賀にルーツをもち、一時期、加賀藩につかえて盛岡藩に移籍している。父は盛岡生まれだが、本人は東京生まれで、母親は小倉の人だ。本人は岩手県人と思っていたが、現代の岩手県人は地元出身者に数えるのを嫌がる人が多い。

私は日本国籍で、滋賀県の守山市が本籍で、大津で生まれて、住所をおいたところでいえば、大津が24年、東京が17年、京都が12年、パリが5年、守山が3年、沖縄の浦添が2年だ。

私はそのうちどこかだけにアイデンティティがあるわけでなくそれぞれのところにB分散している(東京にだけはないが)。その結果として、たとえば、生まれた町に本籍があって、そこから外へ出たことのない人と同様に生粋のなんとかっ子として扱ってもらえるとは思わない。

それと同じように、大坂選手の偉業をアメリカ人だってそれなりに自国民と思い、ハイチ人が大喜びしている分は日本人の喜び方が減ったところで、それは批判されることでない。ただし、総合的に考えれば、日本人の喜び方は不当に小さすぎる。なんとなれば、なんといったって、テニス国籍は二重国籍でもなんでもなくて日本なのだから。

それから、大坂選手が国籍選択で困らないように二重国籍を認めたらという意見もあるが、それには基本的には反対である。

私は二重国籍問題については、政治家や公務員は横に置くとして、一般人については、一人の人間の権利と義務が不均衡になるのは正義に反すると思う。権利は一人分で義務は二人分はおかしいし、逆もおかしい。たとえば、参政権が二か国で行使できるべきでないし、兵役を二か国でさせるべきでもない。パスポートの使い分けも、少なくとも第三国に好きな旅券で行けることはおかしい。

課税も、いいとこどりで得することがあってはならないし、二重課税も気の毒である。だから、基本的には世界中で単一国籍に統一して、不都合がある部分があれば例外を認めるというのが理想だと思うし、日本の国籍法の運用もそれでいいと思う。

しかし、現実に二重国籍を認めている国がある不都合をどう解消するかといえば、逆に二重国籍を認めて、ただし、その行使を制限するのも一考だ。たとえば、日米二重国籍者に日本の旅券を発行する場合には、アメリカ旅券は預かるとか、参政権は外国で行使しない条件で認めるとかいうことだ。

そう難しいことをいわずに、自由に使い分けられるようにしてやったらというのは、私は悪い意味での新自由主義的発想として否定する。大金持ちや有名スポーツ選手には、特権を与えて、いいとこ取りをさせても、自国の国籍を放棄されるよりベターだという考え方は、正義に反する。

タックスヘイブンが本社を置いてくれれば、税金安くしておこうとか、ふるさと納税で豪華なお礼を出して納税してもらいのと同じように不愉快である。

だから、韓国で限定的に二重国籍を認めるようになったのが、新自由主義の権化であった李明博政権だったことは偶然でない。もし、自分がリベラルだとか、左派だとか言うなら、二重国籍に賛成することは論理矛盾である。

『反安倍』という病 - 拝啓、アベノセイダーズの皆様 -
八幡 和郎
ワニブックス
2018-09-07
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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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