書評「負けグセ社員たちを『戦う集団』に変えるたった1つの方法」

城 繁幸

営業成績で落ちこぼれだったキリンビール高知支店を数年で全国一の営業成績にまで向上させ、その後の同社の復活の礎を築いたマネージャーによる“敗者復活マネジメント”の極意が本書だ。

半分くらいはマーケティングの話だが、組織論、マネジメントの実務書としても面白い。

著者が高知支店に支店長として赴任した95年、キリンはアサヒのスーパードライの一大攻勢を受け全国的にシェアを奪われている最中であり、高知は全国の支店でも最下位レベルの状態にあった。

その時の本社と営業現場の関係はこのようなものだったという。

業績が芳しくなく、計画が未達となると、企画部門は新しい施策を考えます。上司からはもちろん、現場からも計画達成のための「さらに良い」施策を期待されるからです。

(中略)

こうして企画部門は、自分たちの考えた施策が会議で通ったことで一応満足する。「自分たちは常に正しい施策を考えている。それでも予定が未達なのは現場が実行できていないからだ」という立場に立てて、責任を回避できるので、安心します。

(中略)

営業現場は本来自分で判断できること、判断すべきことを一つひとつ本社にお伺いを立ててくる。本社の企画部門は、似ているケースがないか全国を調べ、部門で議論したうえで上司に相談し、許可が下りれば現場に指示している。これは現場の責任回避です。

これでは本社も現場も責任感が芽生えず、戦略立案能力や現場力が向上するわけがありません。

あー、あるある(笑) ちょっと大きな会社に勤めたことある人なら誰でも経験あるはず。やたら変な指示ばっかり出されて一生懸命こなすのに精いっぱいで頭がマヒしちゃってる現場って、日本の風物詩と言ってもいいんじゃないか。最近だと文科省vs大学で似たような構図がヒートアップしているような気もする。

では、その負のスパイラルを抜け出すために必要なものとは何か。それは現場が自らの手で“理念”を再確認することだという。何のためにこの仕事をするのかという理念を明確にすれば、「あるべき姿」と現在のギャップは明らかとなる。あとはそのギャップを埋めるための戦略を自分たち自身で考えだし、実行するだけだ。

高知支店が見出した理念は「高知の人たちにおいしいキリンビールを飲んでもらい、喜んでもらい、明日への糧にしてもらうこと」であり、その実現のためのあるべき姿とは「どの店に行ってもいちばん目立つ場所にキリンビールが置いてあり、欲しい時に飲んでいただける状態を営業がつくる」ことでした。

こうして「本社から次々に送られてくる指示に従うだけだったチーム」は、自分で考えて主体的に動く真の営業マンに再生することになる。やっぱり「やらされてる状態」だと人って十分の一くらいの能力しか発揮できないんですよ。そのことはほとんどの人事部も気づいてはいて、いかにして仕事にコミットさせるかを知恵を絞って考えてはいるんだけど、やはりそこはマネジメントでカバーすべき問題なのかもしれない。

面白いのは、高知支店のV字回復に目を付けた本社が、その行動スタイルだけを真似て他の支店に指示を出すくだりだ。「高知は日に20件の営業先回りをしているそうなので、他支店も同水準を回るように」という指示を出しても一向に業績は上向かない。「なんのためにやるのか」という理念が欠けたままやっても、全体のマップを持たずにトレッキングしているようなものだから疲れるだけで長続きしないのだ。

著者はまた「平等の原則」にも言及する。ひとつ前の書評で「組織内のギャップを是正することが高い業績に結び付く」という世界的なトレンドに言及したが、著者は自分でその重要性に気づき、既に実践していたことになる。

社長も、管理職も、第一線の社員も、契約社員も役割が違うだけで会って、各々が自分の役割を100%全うするという点ではみな平等である。だから、社長であろうと、第一線の社員であろうと、自分の考えを率直に話す義務があり、そこで出た結論に対し一人ひとりが主体的にかかわる。

本社と地方の位置づけもクリーンに整理されている。著者曰く、地方は本社の指示に従うのではなく、顧客目線に立ったうえで活用出来るものは積極的に活用すべきだとする。そして本社と現場のギャップを埋めるために、積極的に現場の得た暗黙知をフィードバックすることが現場の役割だとする。

特に中央集権的な体質の管理部門には耳の痛い内容かもしれない。
だが営業マンはもちろん、本社とのやり取りに悩む現場の管理職にもお薦めの一冊だろう。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2018年9月24日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。