米中対立激化:日米首脳会談&沖縄知事選への注文(特別寄稿)

渡瀬 裕哉

沖縄県知事選挙がデッドヒートの様相を呈しており、与野党どちらの候補者が勝利するか分からない状況となっている。安倍政権としては、来年の参議院議員選挙を見据えて政権基盤が盤石であることを示すために負けられない一戦となっている。そのため、政治的に激しく対立する小池百合子東京都知事にすら応援演説を要請するほどに、なりふり構わない選挙戦が展開される状況となっている。

日米首脳会談に臨む安倍首相(官邸サイト:編集部)

一方、安倍首相自身は対外情勢でも正念場を迎えている。それは日米通商交渉である。日本側は米国が米中、NAFTA、米欧などのより大きな通商問題に集中していることを横目に、自らがトランプ大統領の通商交渉の断頭台に上る順番を先送りにしてきた。そして、FFRという造語を作り出すことで米国側が求めるFTA交渉入りを誤魔化し、参議院議員選挙に影響を与える農産物などの輸入自由化交渉に抵抗し、なおかつ自動車輸出への関税及び輸出規制などを回避することに向けて力を注いでいる。

沖縄基地問題や日米通商交渉は現実の問題として重要である。しかし、本来このタイミングで行われているべき日米首脳会談の主題は「目の前に迫っている安全保障上の危機」であるべきだ。

米中貿易戦争は、単純なモノの貿易収支を巡る問題ではなく、知的財産権などの21世紀の産業競争、軍拡を継続する中国とのハイテク技術を巡る安全保障問題、緊張が高まる台湾海峡の状況を背景としている。トランプ大統領の関心事は特に貿易収支に重点があるのかもしれないが、共和党側はより幅広い視点から米中貿易戦争を捉えていることは明白だ。

さらに、現在、米国が中国の宗教弾圧に関して厳しい姿勢を示していることは極めて重要である新疆ウイグル自治区のイスラム教徒への弾圧だけでなく、今月初めに中国当局が行った北京における最大の地下教会の強制閉鎖によって、トランプ政権の対中強硬姿勢は単純な通商問題を超える段階にシフトした。(下院でも中国の宗教弾圧に関するヒアリングが始まっている。)既に7月末にペンス副大統領が中国をイスラム教に対する宗教弾圧国として名指ししていたが、そこにキリスト教が明確な形で加わったことは両国の関係を致命的に悪化させるだろう。

キリスト教迫害監視団体China Aidの代表のtwitter(聖書が焼き払われた模様を伝える動画)

筆者は米中貿易戦争が貿易収支や知財制度を巡る問題のみであれば、中間選挙後に改善するのではないかと想定していたが、中国当局の考えられる限りの「最悪の悪手」は事態を急速に悪化させるだろう。

トランプ大統領及び共和党は中間選挙で大苦戦中である。しかし、拙著『日本人の知らないトランプ再選のシナリオー奇妙な権力基盤を読み解く』でも詳述した通り、トランプ政権の勢力基盤の性格を踏まえると、仮に中間選挙で共和党が上下両院で勝利した場合、米中両国の対立が激化していくことは間違いない。(一縷の望みとして、通商問題を重視するトランプ大統領が自ら支持基盤の福音派の怒りを鎮めて宗教を巡る深刻な対立を乗り越える動きをすることに期待したい。)

日本政府は米中対立が東アジア全域を巻き込んだ対立に発展する可能性を想定するべきだろう。

米中の対立は決定的な危機が発生する手前に差し掛かりつつある。そのような状況下で、本来、自民党総裁選挙で交わされるべき議論は、日本における自衛隊及び米軍の継戦能力をどのように高めるか、という議論であったはずだ。そして、日米首脳会談も日米間の通商問題を主題とするのではなく、中国の軍事的脅威を未然に如何に退けるかという真剣な議論ではなくてはならない。

また、沖縄県知事選挙を巡る世論の状況は、この国の政治家が古いパラダイムの中で生きており、目の前に迫りつつある危機への対処、という新しい時代への移行が出来ていない象徴である。

日本周辺の安全保障環境の急速な悪化を前提とし、あるべき安全保障に関する国民的議論をスタートすることが急務である。国会議員には視野を広く持って安全保障を語る言葉を持つべきだ。国民は馬鹿ではない、誤魔化しの議論ではない真摯なメッセージは真に国民の心を打つことになるだろう。

渡瀬 裕哉
産学社
2018-10-10