①ブルガリア北部ルセのテレビ局TVNのジャーナリスト、ビクトリア・マリノバさん(Viktoria Marinowa 30)の殺人事件は大きく報道され、日本でもかなりのスペースを割いて報じられたからご存知の読者も多いだろう。
事件発生直後、マリノバさんが先月30日、欧州連合(EU)の補助金を巡る汚職疑惑関連の番組「Detektor」の司会をしていたこともあって、政界を巻き込んだ不正汚職事件との関連性の視点から報じるメディアが多かった。マリノバさんの最後の番組ではブルガリアとルーマニアの2人の調査報道ジャーナリストがゲスト出演し、ブルガリアでのEUの補助金に関連した不正容疑について話し合っている。
事件は急展開した。事件発生4日後、ブルガリア捜査当局は10日、21歳のルセ出身のブルガリア男性が9日、ドイツのニーダーザクセン州のシュターデで拘束されたことを明らかにし、事件が性犯罪であり、不正汚職容疑などに絡んだ事件ではない可能性が高いという。
大方のメディアが推測した事件の方向ではなく、ドナウ川沿いの公園でジョギング中のマリノバさんを酒に酔った21歳の若者が襲撃し、性的暴行し、暴れたので殺した。その直後、犯人は親族が住むドイツに逃亡した、というのがこれまでの事件の背景だ。
②スロバキアのジャーナリスト殺人事件はプロの殺人請負人の仕業が最初から濃厚だった。オーストリアの隣国スロバキアで2月25日、著名なジャーナリストが婚約者の女性と共に自宅で銃殺されているのが発見された。犠牲者は政治家や実業家の腐敗や脱税問題を調査報道することで国内で良く知られていたヤン・クツィアクさん(27)だ。
警察のティボア・ガスパール(Tibor Gaspar)長官は26日、事件はクツィアクさんの取材活動と密接な関係があるとの見方を明らかにした(「スロバキア『ジャーナリスト殺人事件』」2018年3月2日参考、「スロバキア政界とマフィアの癒着」2018年3月17日参考)。
③マルタで昨年10月16日、調査報道にかかわる女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチアさん(53)が車に仕掛けられた爆弾で爆死した。タックスヘイブン(租税回避地)利用の実態を記載した「パナマ文書」の報道に関わった著名なジャーナリストだっただけに、大きな反響を及ぼしたことはまだ記憶に新しい。
②と③の殺人事件と比べると、①のブルガリアの事件には、犯行に計画性がほとんどなかった。殺人を意図としていたなら、DNAなどの証拠を残す性的暴行はしない。今回もDNA鑑定で21歳の青年が浮かび上がった。性的動機が犯行原因とみてほぼ間違いがないだろう。
もちろん、ブルガリアのマリノバさん殺人事件の背後に黒幕が存在し、その黒幕が精神的に不安定な若い男性を使い、ジャーナリストを殺させたという可能性も完全には排除できない。今後の捜査でより全容が明らかになることを期待したい。
容疑者のプロフィールが判明する前、米ニューヨークに本部を置く「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)はブルガリア当局に事件の包括的解明を要求した。「国境なきレポーター」は、ブルガリアの言論の自由ランクは180カ国中111番目とEUでは最も低い、と報じた。ジャーナリスト殺人がEUの補助金に絡んだ不正汚職容疑に絡んだ事件だったといわんばかりに、ブルガリア政府はメディアから厳しく追及された。
容疑者がドイツで逮捕された直後、ブルガリアのボリソフ首相は記者会見で、事件報道でメディアの一方的な報道姿勢を批判している。この場合、首相側の言い分は正しい。
ジャーナリスト殺人事件を報じるメディア側には犠牲者への思い込みがどうしても強くなり、事件を冷静に検証することが難しくなることがある。調査報道するジャーナリストにとって他人事では済ませられないからだ。ブルガリアの30歳のジャーナリスト殺人事件はそのことを改めて教えてくれた。犠牲となったジャーナリストの冥福を祈る。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。