靖国神社宮司の天皇批判に潜む本質論

2018年10月16日 11:30

「週刊ポスト」10月8日発売号が報じた靖国神社・小堀邦夫宮司の「皇室批判」発言について、宮司が宮内庁に出向いて陳謝し、退任の意向を伝えた。後任については10月26日の総代会で決定するという。

Wikipedia:編集部

宮司の発言は6月20日に靖国神社内で行なわれた会議で行われた。

「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう? 遺骨はあっても。違う? そういうことを真剣に議論し、結論をもち、発表をすることが重要やと言ってるの。はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか?」

「(今上天皇が)御在位中に一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?皇太子さまはそれに輪をかけてきますよ。どういうふうになるのか僕も予測できない。少なくとも温かくなることはない。靖国さんに対して」

これについて、〈極めて不穏当な言葉遣いの録音内容が漏洩いたしました〉と10月10日に靖国神社は報道各社に向けた文書で書いている。

たしかに、陛下は参拝されていないものの、毎年、3回も勅使のご差遣を戴いているから、宮司のものいいは、乱暴だ。

それに、もちろん、陛下が参拝されないのには、いわゆるA級戦犯合祀問題があるわけで、合祀の是非についていろんな意見があるにせよ、それを根回しせずにこっそりしたのは、現在の宮司でないにせよ、靖国神社側に責めがあるし、問題解決のために前向きな努力を神社側がしているとも思えない。

しかし、宮司が指摘しているところには、それなりに注目すべき問題がある。

陛下は慰霊にはたいへんご熱心だが、それは、戦争の犠牲者へのものであって、英霊というか、国のために命を捧げた英雄に対してのものという要素が感じられない、あるいは避けておられるのでないかという印象はある。

もちろん、それは、近隣諸国や旧連合国からの皇室批判を避けるという事情はあるのだが、国家元首としては、異例である。戦争に負けたら、英霊が戦争の犠牲者としてのみ国家から評価されるというのでは、戦死者たちは無念であろう。

フランスで二度の世界大戦の戦死者と負け戦だった普仏戦争やベトナム戦争での死者が差別されているはずもない。

そういう意味では、宮司の指摘は実は本質をついていたのかもしれない。

いずれにしても、今上陛下が、靖国神社にいちども参拝されないまま御退位されるのは、残念なことだ。

いろいろ議論はあるが、戦死者の大多数は戦死したら靖国神社に英霊として祀られることを誇り、あるいは慰めとしていたと考えられるのだから、その期待に背くことだから私はそれに報いるべきだと思う。

しかし、いわゆるA級戦犯問題がこじれてしまったなかでは、難しい。彼らの評価をどうのこうの議論のために大多数の戦死者への配慮が劣後されているのは論外だ。

なんとか、「第三の道」による解決が図られるべきだと思う。私は分祀になんの不都合もないと思うが、どうしても靖国神社がいやなら、天皇陛下や総理の参拝をとりあえずあきらめて別の道をさぐるしかないのではないか。ちなみに、私は、靖国神社の前に慰霊施設を設けて、そこに参拝というのはどうかと提案している。

いずれにしても、陛下の交代の前に決着を付けるべき問題だが、せめて、御退位後の陛下の参拝、新陛下の参拝を実現すべく関係者は過去の経緯にこだわらずに解決の道を見つけて欲しい。

ところで、スペインでは、最近、スペイン内戦の犠牲者を祀った「戦死者の谷」からフランコ総統の遺体が撤去されることになった。戦死者ではないというのが根拠とされた。参考事例かもしれない。

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八幡和郎
イースト・プレス
2018-04-08
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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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