汪兆銘政権と江沢民の父と福田康夫と皇后の祖父

2018年11月09日 06:00

汪兆銘政権といえば、日本軍の傀儡政権で中国人からみれば漢奸であり、日本としても役に立たずお荷物になったといわれている。

そういわれるのにも、理由があるのだが、それに関わった人たちはそれなりに真面目だったし、うまくいかなかったのはいろいろな不運の結果でもある。そして、意外なことに彼らの子弟が実は日中両国の支配階級として重要な地位を占めているのである。

首相在任中の福田氏(官邸サイトより:編集部)

今年の7月4日、産経新聞紙上の【単刀直言】という欄に、福田康夫元首相のインタビューが載った。『福田康夫元首相 南京記念館の訪問「展示内容の修正評価」「鳩山元首相のときとは展示物違う」』というもので、保守派からは『鳩山由紀夫についで福田康夫お前もか』的な批判もされた。

しかし、私が驚いたのは、おそらく福田元首相が幼い頃に南京で暮らしていたことを初めてカミングアウトしたことだった。なにしろ、福田康夫は著書ゼロという首相経験者としては珍しい人で自分のこともあまり語ったことはないし、かなり多くの人に聞いてみたが、南京のことは初耳だと言っていたから私一人の感想ではない。

福田氏は次のように語っている。

小学校進学前におやじ(福田赳夫元首相。当時は大蔵官僚)の仕事(汪兆銘政権の財政顧問=1941~43年)の関係で南京に住んでいた。私は3カ月間だけの生活だったが、異質の体験だったね。(南京事件があったとされる37~38年の後だったにもかかわらず)現地の中国人は非常に親切にしてくれたんだな。あのときの南京に対するあこがれというか望郷というか、そうした思いが以前からあったんです。

そもそも汪兆銘政権とは何かだが、私の「中国と日本がわかる 最強の中国史」(扶桑社新書)では以下のような説明をしている。

南京陥落ののち、重慶に移った蒋介石の国民政府との話し合いの糸口がないまま、困った日本側は、国民党内における蒋介石のライバルである汪兆銘と話し合いをもち、南京に新しい国民政府をつくらせました。しかし、汪兆銘の見通しの甘さに加え、日本側が当初の約束より中国に不利な要求をし、汪兆銘もそれを受け入れざるをえなかったので、支持を広げることができないまま、汪兆銘は病気療養のために滞在していた名古屋で死去しました。

その後も、南京政府は存続しましたが存在意義を失い、終戦とともに解散しました。 ただし、あしざまに言われる汪兆銘政権がそんなにダメだったわけではありません。

戦後、蒋介石はこの政権とかかわりを持った人を大弾圧しました。そこで、共産党に近づいた人も多いようです。江沢民の父親は特務機関の幹部だったといわれますし、江沢民自身、日本軍占領下の南京中央大学の学生だったといわれるなど象徴的です。

また、日本側でこの政権とかかわった人はなかなかの豪華版です。政権樹立の最大功労者は谷垣禎一・元財務省の外祖父である影佐禎昭、お目付役の特派大使は小宮山洋子・元厚労相の外祖父である青木一男、財政顧問に福田赳夫などがいますし、当時の上海で日本利権の管理会社の専務だったのは皇后陛下の外祖父である副島綱雄、蓮舫元民進党代表のの祖母である陳杏花は上海でタバコの独占販売権を得て日本軍に戦闘機二機を寄付しています。

いずれにせよ、最近、袁世凱政権については、再評価が進んでいますが、いずれ汪兆銘についてもバランスのとれた評価がされる日が来るのではないでしょうか。

蒋介石(右)と並ぶ汪兆銘(Wikipediaより:編集部)

江沢民の父親が汪兆銘政権とどのようにかかわっていたのかの詳細は不明だが、江沢民が長男の嫡子であるにもかかわらず、父の弟で共産党に属していて戦争中に死んでいる江世侯養子ということになっているという特殊な系図からも、複雑な事情が読み取れるだろう。

また、日本占領下の天津市長で戦後、銃殺された温世珍という人は、温家宝元首相の一族であり、しばしば伯父だといわれている。

なんでこうなるのかといえば、蒋介石は汪兆銘についた人々を徹底的に排除した。それでも軍人は少し許したようだが文官はダメだった。また、汪兆銘政権の発行した紙幣はかなり信用があったのだが、重慶政府の紙幣にひどいレートで交換させられた。

その結果、江浙経済界が共産党の方になびいたということもあったようだ。いずれにせよ、日中どちらにとっても汪兆銘政権の地下水脈は解き明かされないまま生きているようだ。

ソ連については、ペレストロイカとソ連崩壊のおかげで、たとえば、ローゼンタール夫妻のように冤罪で死刑になったとリベラル系の歴史家がいっていたのがやっぱりソ連のスパイだったとか、ゾルゲ事件は第二次世界大戦の帰趨を決めるほど重要なスパイ事件だったということを我々は知ることができた(判明しても偏向マスコミは報道しないし教科書にも載せられないが)。

中国についても、おそらく、それが解明されるのは我々が死んでからのことだろうが、何時の日にか真実は明らかにされるだろう。

ところで、きょう9日は午後6時半から虎ノ門ニッショー・ホールで『緊急討論!世界は中国の支配を許すか』というイベントに出演するので、ぜひ、ご参加頂ければ幸いである。

追記:福田康夫氏は、このインタビューのなかで、南紀事件についてこんなことをいっている。テレビ番組を見て元首相が検証もせずに、考えを変えるというのもお粗末なら、福田氏は南京事件について自分で勉強もせずに首相時代に対中外交をしていたのかという別の意味でもがっかりさせられる。

日本テレビが2カ月前ぐらいに放送した「NNNドキュメント『南京事件11』」をたまたま見てね。旧陸軍が焼却し地中に埋めた資料を掘り起こして残った部分をつなぎ合わせたり、当時の従軍兵の日記を集めたりした内容で、やはり旧日本軍が中国人を殺したことは事実なんだなあと。行こうという思いを強くしたわけです。

中国と日本がわかる最強の中国史 (扶桑社新書)
八幡 和郎
扶桑社
2018-09-04
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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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