最低賃金を上げる「非伝統的な労働政策」

池田 信夫

人手不足は日本経済の構造問題であり、これを「特定技能」と称する外国人労働者で埋めようという安倍政権の政策は、3K職場を温存してアジア人の低賃金労働者を増やすだけだ。長期にわたって労働の超過需要が続く原因は単なる人口減少ではなく、労働市場のミスマッチだからである。

人手不足に陥る中小企業が続出(画像はイメージです:写真ACより=編集部)

低収益の中小企業が雇用の8割以上を占め、人手不足でも低賃金のパート・アルバイトを増やして正社員の賃金を上げない。このため労働者が集まらず、売り上げも収益も増えないので経営が行き詰まる「悪い均衡」に入ってしまった。つまり

中小企業の低収益→低賃金→人手不足→低収益

という悪循環が起こっているのだ。こういうコーディネーションの失敗を脱却するには、労働者が高収益企業に移動して低収益企業が淘汰されることが望ましいが、政府が雇用規制で労働移動を阻害し、参入規制で中小企業を守るのでミスマッチが残ったままだ。

これを解決する最善の労働政策は雇用規制の緩和だが、次善の方法は賃金を上げることだ。今年のIMF対日審査報告でも、ラガルド専務理事は「企業が賃金を引き上げる税制上のインセンティブの強化、最低賃金の更なる引き上げ、及び政府が管理する賃金や社会給付の増額が必要である」と政府が労働市場に介入して賃金を上げる逆所得政策を提言している。

最低賃金の引き上げに賛成する経済学者はほとんどいない。いま雇用されている労働者の賃金を上げても労働需要が減るので失業が増える、というのが彼らの反対論だが、今の失業率は0.45%の需要超過なので、これが0%になるまで賃金を上げることはおかしくない。

もちろん労働市場で自律的に調整することが望ましいが、日本のように労働市場が機能しない場合に悪い均衡から脱却するには、一時的には非伝統的な労働政策も必要だ、というのがIMFワーキングペーパーの分析だ。

ちょっと違う観点から、アトキンソンも最低賃金の引き上げを提案している。日本の最低賃金はOECDでは最低水準で、その水準と生産性には相関がある(例外はアメリカで、連邦最低賃金は7.25ドル)。だから最低賃金を上げれば生産性も上がるというのだが、これは生産性が高いから賃金が上がるのだ、と経済学者は反論するだろう。

世界各国の最低賃金と生産性(D.アトキンソン)

しかし逆の因果関係もある。最低賃金を上げると、銀行やホテルの窓口などの単純労働者をコンピュータやネットワークで代替する労働節約的イノベーションの投資収益率が上がる。長期的にも労働人口は大幅に減るので、IT投資を促進して生産性を上げる逆所得政策が望ましい、というのが早川英男氏の提言だ。

最低賃金の引き上げは財源も必要なく、政治的には容易である。財界はいやがるが、野党も労働組合も歓迎する。各県で最大200円以上違う最低賃金を東京の水準(時給985円)に統一するだけでも、大きな効果があるだろう。こういう政府の介入は労働市場をゆがめるので要注意だが、無原則な移民の増加よりましだ。ポピュリストの安倍政権には向いていると思うが、どうだろうか。