CNN 記者よ、驕るなかれ!

長谷川 良

CNNの米ホワイトハウス担当チーフ記者、ジム・アコスタ記者に対するホワイトハウスの「出入り禁止」処分が暫定的に解除されたというニュースが流れてきた。報道によると、ワシントン連邦地裁は16日、「処分の効力を停止する暫定命令」を出したという。ホワイトハウス側もその事実を認め、没収したアコスタ氏の取材用入館証を返却したという。

CNNのジム・アコスタ記者(ウィキぺディアから)

「言論・報道の自由」という観点からいえば、当然かもしれないが、トランプ大統領の中間選挙後の記者会見をCNNで視ていた当方は正直言って、率直には喜べない。アコスタ記者の記者会見での振る舞いはやはり行き過ぎだと感じていたからだ。

同記者はトランプ大統領嫌いで有名で、記者会見でも常に厳しい質問を発してきた。記者が厳しい質問や大統領が好まない質問をすること自体は当然で、批判されることではない。ただし、大統領に対する一定の敬意を失ってはならないはずだ。

トランプ氏は過去、多くの女性スキャンダルやロシアによる大統領選介入容疑問題などを抱えているが、ホワイトハウスの住人である米国大統領は米国民代表の地位にある人物だ。一定の礼儀が求められるのは当然だろう。人間・トランプ氏に対して、というより、米国大統領に対して礼儀が欠かせられないはずだ。

7日のホワイトハウスの記者会見でのアコスタ記者の振る舞いは明らかに限度を超えていた。トランプ氏の指示でアコスタ記者からマイクを取ろうとしたホワイトハウスの女性職員の手を荒っぽく振り払ったからではない。トランプ氏に対してまるで悪者に向かう正義の味方のような振る舞い方とその姿勢だ。

CNNのライバル放送、FOXはアコスタ記者へのホワイトハウスの出入り禁止処分に対して、報道の自由という観点からアコスタ記者を擁護していた。同業者の窮地はFOX側も他人事では済まないからだ。世界の多くのジャーナリストはこの件ではアコスタ記者を支持する声が支配的だった。

そのような中で、欧州の代表的週刊誌、ドイツのシュピーゲル誌は「テレビ報道が余りにもショー的になり過ぎている」と指摘し、批判的論評を掲載していた。

プリント・ジャーナリズムとテレビ・ジャーナリズムとでは事実を報道するという点では同じだが、後者は特に「絵」が必要となる。「絵」となるシーンがない報道は放映しにくい。だから、記者会見を現場から報道するテレビジャーナリストはどうしても「絵」となる場面、状況を探す。行き過ぎると、それが「やらせ」となり、「ショー化」する危険性が出てくるわけだ。

アコスタ記者の場合、大統領が「マイクを返せ」といった時から、大統領に戦いを挑むCNNというショーを無意識的に演じていたのではないか。大統領が「マイクを返せ」と叫び、大統領が質問に答えないと言っている以上、同じ質問を何度しても同じだ。別の機会を狙うべきだった。「大統領、残念です」と答え、マイクを返して一礼して席についたら、アコスタ記者の株は文句なしに急上昇していただろう。

CNNの影響力の実例を紹介する。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は2005年、ノーベル平和賞を受賞したが、同時に、エルバラダイ事務局長も受賞した。同事務局長は連日、CNNとのインタビューに応じ、世界に顔を売った。事務局長が“世界の核の平和実現の立役者”だというイメージが完全に定着した時、事務局長のノーベル平和賞受賞のニュースが飛んできた。エルバラダイ事務局長が大きな成果もないのにもかかわらずノーベル平和賞を受賞した背後にはCNNとの度重なるインタビューが大きな役割を果たしたことは間違いない。

CNNはその速報性を生かして世界のメディアに君臨していった。CNN記者といえば、全ての門が開いた。ところが、これまでいい関係を保ってきた米ホワイトハウスにトランプ氏というアクの強い人物が登場してきた。CNNが流す大統領関連情報をフェイク・ニュースと断言し、CNNを嫌った。CNNにとって、初めての体験だろう。

アコスタ記者はホワイトハウス取材用入館証を受け取った直後、「さあ、仕事を始めよう」とカメラに向かって凱旋の声を挙げた。同記者には仕事を再開する前に、問題となった記者会見のビデオをもう一度じっくりと視て、訂正すべき点は改善し、いい仕事をしてほしい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。