北方領土は戻らず棚上げのままか

妥協できない米ロの基地問題

安倍首相とプーチン露大統領との首脳会談が行われ、北方領土の返還交渉に変化が起きそうなことを首相側は匂わせています。北方4島は第二次世界大戦の終了直前にソ連軍が不法占拠し、かつては1万7000人が在住していた日本人を強制退去させました。ソ連に一方的な非があり、許せるものではありません。

首相官邸サイト:編集部

では、政権側が考えているとされる「2島(歯舞、色丹)の先行返還」が実現するかどうか。4島どころか2島でさえ難しいと思います。交渉を阻む障害が多くあり、中でも米国が絡む軍事基地の扱いが最大のネックになり、残念ながら、どうにも身動きがとれないという状況が続くでしょう。

かりに2島が返還されることがあるとしても、ロシアが強く望んでいる「非軍事化」を米国が飲むはずはありません。「非軍事化」は、2島を日米安保条約の適用除外とし、米軍基地を作らないことを意味します。日本の領土でありながら、安保条約の適用除外とする。そんなことはあり得ません。

ましてロシアにとっては、北方領土から千島列島、カムチャッカ半島にいたるラインは、米国に対する防衛線です。国後、択捉両島には兵士3500人が駐留し、2016年に地対艦ミサイルが配備されました。だからロシアが2島を引き渡すことを示唆しても、主権の返還には応じない。主権を日本側に返還すれば、将来、米軍の基地が設けられる可能性がある。主権を返還しないことで、その可能性を消しておく。

返還に値しない引き渡し

日本側からみて、ロシアが主権を握ったまま、2島を引き渡すことは、返還に値しないということでしょう。主権を返還しないならば、日本も返還に応じるわけにはいかない。尖閣諸島の扱いにおいても、悪い先例となりかねず、中国が悪知恵を働かせる可能性がでてきます。

もともと、ロシアを敵視する米国は、日ロが接近することを好ましく思っていません。北方領土で日ロ関係がこじれているほうが望ましい。それが米国の国益につながると考えているのでしょう。まして軍事基地問題が絡むと、譲れないものは譲れない。

次に島が返還されるとしても、島に戻りたい、移住したいという日本人はどのくらいいるのか。戻りたいと願う旧住民がいたとしても、すでに高齢化している。一般の日本人はどうかというと、本土が人手不足だというのに、わざわざ移り住む人は例外的でしょう。仕事も漁業か観光くらいしかない。

返還されても日本人は移住しない

では、移住希望者の調査を政府か関係機関がしているかというと、聞いたことがない。2島が返還されても、日本人がいかない島に、返還の意味があるのかどうか。法的には、日本人がいようといまいが、日本固有の領土を取り戻すことは国家の責務だから、十分に意義はあるという解釈で通すのでしょうか。

もう一つの難問は、かりにロシアが返還に応じるとして、日本側の費用負担が発生する。住んでいるロシア人を移住させるのなら、その費用を日本が持てといってくるに違いない。諸施設の移転費用も発生する。ロシアが投じたインフラ整備(道路、港湾)費用はどうするか。そこでロシア人がそのまま在住を続け、インフラを使うことを認める。返還されても、ロシア人の島だとなると、違和感が生じる。

返還に伴い、巨額の費用が必要となります。財政赤字、財政再建問題を抱える日本にとって、「はい、分かりました」となる金額ではありません。何千億円はおろか何兆円という規模でしょう。法的な価値はあっても、経済的水域が広がっても、経済的価値がはっきりしないものに、国債を増発することに国民の理解が得られるかどうか。

北方領土交渉を担当した元外務省局長の東郷和彦氏は、「今回の日ロ首脳会談の結果を高く評価する」と、語りました。領土交渉は結果がでなくても、交渉をすること自体が必要だった外務省の建前からすると、そうなのでしょう。一方、国境学の岩下明裕・北大教授は「日ロ関係は平和条約がなくても、基本的に安定してきた。首相が平和条約にこだわるのは、自身の実績にしたいからだ」と指摘します。

北方領土交渉というと、政治が何か大きなことをやっているという印象は与えられます。その会談の評価となると、新聞の社説は辛口です。「安易に譲歩してはなるまい」(読売、16日)、「拙速な転換は禍根を残す」(朝日、同)などです。会議は踊り、言葉は踊っても、領土問題は出口にたどりつけない。結局、棚上げ、状態が続くような気がしてなりません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2018年11月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。