海賊版対策会議を「終えて」

10月15日。海賊版対策会議が無期限延期になりました。
ひとまず座長タスク終了です。

・正規版対策、リーチサイト法制化など今できることを連携して行い成果を検証する。
・ブロッキング法制化は「まとまらなかった」。

というのが今の「状況」です。

漫画村などの被害が深刻化し、従来の課題であったブロッキングについて4月13日に政府が緊急避難の解釈を示したことが賛否の騒ぎとなりました。その効果もあってか海賊版はいったん収まりを見せ、政府は検討会議(タスクフォース)を設置、9回に及ぶ集中討議を行いました。

ブロッキングを巡っては出版・権利者が賛成、通信・ISPが反対という構図で見られました。とはいえ各業界内も濃淡があり、意見はまだら模様でした。表のテーブルでは語られない業界事情もあり、それぞれ一枚板ではありません。

政府・事務局は「法制化ありき」で強引だという不信感もありました。内実は、官邸、総務省、文科省など政府内ステイクホルダーも意見は分かれ、内部の調整には民間の調整を上回る熾烈なものがありました。

賛成・反対どちらにも不満が残る「状況」となりました。ただ、対立点や論点は明らかになりました。
この会議はブロッキングの法制化を決める場ではなく、論点を詰める場でしたので、その役割は果たしたと考えます。

ぼくはブロッキングを進める元凶と批判されたこともありますが、会議の当初に宣言したとおり、中立を貫きました。
知財本部での座長を務めているため、著作権側とのレッテルを貼るむきもありました。でもその前にぼくは通信政策屋を自負しており、両サイドを等分に重視しています。

今はコンテンツの仕事が多いものの、通信自由化に際して電気通信事業法の制度策定に携わったのが社会人のスタートでありまして、出自はそっちなのです。両サイドが「割れず」に問題解決に向かうこと。この一点に心をくだきました。

その上でブロッキングを除く10項目が「ほぼ」合意をみたのは重要な成果と考えます。
そのうち、3つを冒頭に特記しました。

長期対策は教育。ユーザのリテラシーが保たれないと、ネットに規制が入る。
中期対策は正規版。漫画村のように魅力的な正規版がほしい。
短期対策は官民連携での体制づくり。

この連携体制ができるかどうかが今の課題です。出版社・権利者と通信・ISPが連携して対策を打つスキームができるなら、まず実行し、検証する。それができないと、ブロッキング法制化に向かう口実を与えます。
対策会議は座礁、延期となったのはボールが民間に投げられたことでもあると考えます。

今回の件は「通信の秘密」と「財産権」(著作権)という憲法が保障する価値の対立であり、IT政策と知財政策の対立です。それを調整するテーマだととらえました。

しかし、その対立項は間違っていた。議論を通じてぼくが気づいたことです。問題の設定は、その両者が共存する場を、ITと知財が共栄できる領域をどう「つくる」か、とすべきだったと。

ちなみに、欧州はプライバシー保護に、米国は表現の自由に重きを置くが、日本はその荷を「通信の秘密」に負わせている面があるということが対策会議でも指摘されていました。総務省内にも、そのガラパゴスさが政策の手足を縛っているとの声があります。

「通信の秘密」を正面から広く議論できたことは意義がありました。この問題は知財本部で扱うには重すぎるという指摘もありました。はい。IT時代の「通信の秘密」をまるごと整理する場があっていいでしょう。

そう、本件は、ITや知財を巡る政策を扱う体制をも問うています。
知財問題は知財本部+文化庁、IT問題はIT本部+総務省が主軸です。
その限界が露呈しています。
この問題は、ぼくが霞が関を去ることになった20年前の省庁再編からずっと提起していることです。

文化省を作ろう

今から12年前、録音録画補償金を巡って機器メーカと著作権者が対立した際、それまで蜜月でやってきたITと知財の折り合いが悪くなったことを実感しました。デジタル化がもたらすコピーと拡散の威力は、利点にも驚異にもなる。ぼくも文科省・文化審議会の議論に参加しましたが、問題の解決には至らず、今日まで尾を引いています。

そして10年前、地デジ整備に伴い導入された「ダビング10」を巡っても対立がありました。この際は、権利者(文科省)、放送局(総務省)、メーカ(経産省)の3つどもえ。舞台は総務省・情報通信審議会でした。補償金の拡大で経産大臣・文科大臣が記者会見を開いたのに、民間が納得せず破裂しました。

この際も主査・副査は村井純さんとぼくのコンビでして、今回の海賊版と構図と酷似。民間が対立する案件をバックにつく役所がさばけない歴史の繰り返しなのです。

ダビング10にみる霞ヶ関の失墜

ぼくは今回の件を通じ、われわれは失敗の歴史に学んでおらず、解決の困難さが増したと感じました。
以前に比べIT☓知財に対する関心が高まり、どちらの意見も強い批判にさらされ、抜き差しならなくなる。
ではITと知財が共存共栄する地平を目指し、われわれが起こすべきアクションは何なのか。
自問自答を続けます。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。