北朝鮮国民に絶好の亡命チャンスの時

北朝鮮軍の兵士1人が1日、南北の軍事境界線を越えて韓国側に亡命してきた。韓国軍合同参謀本部によると、北軍の兵士1人は1日午前8時前、北東部・江原道の軍事境界線(MDL)を越えて韓国側に入った。兵士の所属や階級は不明。北朝鮮から兵士に対する銃撃などはなく、今のところ北軍に特異な動きは見られないという。

兵士が超えてきた江原道の軍事境界線(KBSニュースより:編集部)

このニュースを聞いて直ぐに旧東独政権の“終わりの始まりの時”を思い出した。以下、説明する。

旧東独の多くの国民がハンガリー・オーストリア経由で旧西独に亡命していった。そこで旧東独社会主義統一党(共産党)政権は対チェコスロバキア国境を閉鎖。それに不満を持った国民はライプツィヒなどで反政府デモを繰り返していった。国民を抑えきれなくなった旧東独共産党政権は「旅行の自由化」を認めざるを得なくなり、「ベルリンの壁」が崩壊することで、旧東独政権は終止符を打った(「『ベルリンの壁』崩壊とハンガリー」2014年11月9日参考)。

一方、南北両国は平壌共同宣言と共に9月19日に締結した軍事分野合意書に基づき、ぞれぞれ11カ所ずつの監視所(GP)を試験的に撤去し、江原道・鉄原(矢じり高地)での地雷撤去でも合意した。

韓国国防部関係者によると、10月1日に地雷撤去作業が開始され、北側が数千発、韓国側が数百発の地雷や爆発物を除去した。また、GPの撤去作業も先月末までに双方はそれを実行した。さらに、軍事境界線がある板門店の共同警備区域(JSA)の自由往来は12月から実現する見通しであり、鉄道・道路の連結なども控えている。すなわち、9月の南北首脳会談の合意に基づいて融和政策が次々と実行に移されていくわけだ。

そして今月1日、1人の北兵士が韓国に逃げてきた。GPの撤去や地雷撤去との関連は分からないが、「今回の北朝鮮兵の亡命は、南北が非武装地帯(DMZ)内のGPを破壊した後初めてであり、北側がどんな反応を見せるかが注目される」(韓国中央日報12月1日電子版)というわけだ。

「DMZのGP10カ所の撤去後」は「旧東独政府が国民の亡命を抑えきれなくなった後」の状況と酷似している。旧東独政府がその直後、崩壊したように、金正恩朝鮮労働党委員長の政権は、南北間で撤去されたGPや地雷撤去周辺から、多数の国民が自由を求めて韓国に亡命する事態に直面し、崩壊せざるを得なくなる。今回の亡命事件はそのドラマの最初の幕開けではないか。多数の北国民は近い将来、破棄されたGP周辺や韓国と連結される鉄道を利用して韓国に逃げていく。北側は次第に国民を止められなくなり、故金日成国家主席、故金正日総書記、そして金正恩委員長と3代続いた金王朝は崩壊するというシナリオだ。

もちろん、北朝鮮の状況と旧東独の当時の事情では明らかに相違はある。北側では国民は治安当局の許可なくして国境線近くに接近できない。DMZ周辺にいる国民は治安当局に即拘束され、尋問を受けるだろう。

しかし、DMZに接近する人民が数人レベルならば監視し、拘束できるが、それが数百人、千人となればもはや困難だ。国境警備兵士にも動揺が出てくるだろう。人民と共に韓国に逃げる北兵士が出てくるはずだ。

金正恩氏が誇る核爆弾はここでは役立たない。旧東独の「ベルリンの壁」の崩壊を想起するまでもなく、北側の独裁政権はあっという間に消滅するだろう。その際、旧東独政権の指導者に対し、旧西独側が処罰を免除したように、北側の指導者に対しても韓国側が処罰の免除を約束する。一種の無血革命だ。

韓国大統領府Facebookより:編集部

朝鮮半島の場合、中国とロシアの動きは無視できない。北側の崩壊を静観しているとは思えないから、国連安全保障理事会は即対応し、中国とロシア両国に対し、軍事的干渉は一切すべきではないと釘を刺さなければならない。同時に、ジュネーブの難民条約に基づいて脱北者を受け入れるべきだと関係国に訴えなければならない。中国共産党政権が脱北者を即送還したようなことが再現されてはならないからだ。

歴史は皮肉な展開を演じる。南北首脳会談の合意内容を実行することで、北の非核化の行方は依然不明だが、南北間を閉ざしてきた様々な軍事的障害が撤去されることで、北の人民は韓国へ亡命する最高の時を迎えようとしているのだ。

親北派の文在寅大統領も予想外の展開に驚くだろう。金正恩氏は韓国との融和政策を即ストップするかもしれない。南北の融和政策を演じてきた2人の指導者は自身の思惑とは全く異なる展開に困惑するだろう。

南北間の融和政策で忘れられてきた肝心の人民が歴史の表舞台に登場し、南北間の真の融和を実現するために動き出すわけだ。

上記のシナリオが実現されるまであと暫くの時間はかかるだろうが、今月1日の北兵士の韓国亡命はその歴史的時がすぐ傍まで来ていることを予示している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。