キャッシュレス後進性に関する都市伝説

2019年02月13日 06:00

昨年「総額100億円」還元で注目されたPayPayの第2弾キャンペーンが昨日(2月12日)始まった。今年もキャッシュレス化の動向を巡る動きが注目されそうだ。

ところで最近よく目にする数字だが、経産省のキャッシュレスビジョンによれば、決済のキャッシュレス化率は、韓国の89.1%、中国の60%は別格としても、アメリカの45.0%、フランスの39.1%に比べて、日本は18.9%、ドイツは14.9%とキャシュレス化が遅れている。

この日独両国のキャッシュレス化が遅れていることについては、様々な理由が挙げられている。しかし、よく考えてみるとかなり根拠が怪しく、都市伝説的なものも多い。

例えば、日本は治安が良いので現金を持ち歩いて決済するのに不安がないということをしばしば耳にする。しかし、少し古い資料だが国連薬物犯罪事務所(UNDOC)の2010年の資料によれば、10万人当たりの年間の強盗件数は日本が3.2件、韓国が13.3件(2009年の統計)、シンガポールが21.5件(2006年の統計)と、そろって犯罪発生率が低いが、韓国やシンガポールはキャッシュレス化が日本より圧倒的に進んでいる。

ドイツはどうかというと、同じ国連機関の資料によれば、ドイツは58.5件でキャッシュレス先進国のスウェーデンの98.3件より犯罪発生率が低いが、韓国やシンガポールよりは高く、またエストニア(44.7件)より高いが、エストニアのキャッシュレス化も世界で群を抜いている。したがって治安の良し悪しとキャッシュレス化の進み具合とはあまり関係が無さそうだ。

また、偽札が少ないことが現金の信頼性を高め、現金決済が好まれることにつながっているという説もよく聞く。しかし、日本では偽札が極めて少ないことは良く知られているが、シンガポールでも、MAS(シンガポール金融管理局)によると偽札はごく少なく、たまに発見される程度と言われている。また韓国は日本よりは偽札が多いがそれでも大したことはない。

ドイツについて見れば、ユーロ圏諸国の中央銀行はみな同じ品質のユーロ札を発行しているはずだが、キャッシュレス化率は国によって大きく異なる。したがって偽札が少ないこととキャッシュレス化率の高低もあまり関係が無いようだ。

さらに日本とドイツのいずれも、倹約を好む国民性のために「使い過ぎ」の心配ないし借金を嫌う気持ちが強いため、キャッシュレス化の進展が遅れているという説がある。

昨年9月の日銀の「キャッシュレス決済の現状」というレポートによれば、確かにキャッシュレス決済を利用しない人の3割以上が「使い過ぎ」を心配している。しかし、同レポートによれば、キャッシュレス決済を利用する人も3割以上の人が「使い過ぎ」を心配しつつ、それでもキャッシュレス決済を行っているという結果が示されている。これはとりもなおさず「使い過ぎ」の懸念がキャッシュレス決済の利用の障害に必ずしもなっていないということを示しているのではないだろうか。

このようにキャッシュレス後進性の理由には根拠の怪しいものが多く、これらの理由に基づいて今後の日独両国のキャッシュレス化の進展を悲観視するのは誤っているように思われる。

特に日本について言えば、日本のキャッシュレス決済比率が20%弱であるということから抱きがちな、キャッシュレス利用者は少数派というイメージとは違って、実際にはほとんどの日本人が既にキャッシュレス決済を行っているという事実がある。

上述の日銀の資料によれば、クレジットカード、デビットカード、電子マネーによる決済は行わないという人は22.8%に過ぎない。裏を返せば、約8割の人は現金決済とキャッシュレス決済の両方を上手に併用しているということだ。

したがって、今後キャッシュレス決済ができる場所が増えていくにつれて、意外と早く日本のキャッシュレス化は進展するのではなかろうか。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト

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