金融における不毛な競争がもたらす悪循環

金融機能は社会の必需だから、それなりの数の供給業者が必要だ。しかも、社会的責務が大きいので、厳格な規制が不可欠である。厳格な規制は画一化につながり、金融機関の差別性を低下させる。こうして、金融は、本質的な差別性がないなかで、多数の金融機関が競争を繰り広げるという状況に陥る。

差別性のない創造的革新を欠いた競争のいい例が住宅ローンである。多くの場合、既存の住宅ローンについての借換え、金融機関の立場からいえば貸換えの競争であって、競争の裏に、本来なければならないはずの新規の住宅供給はない。

この競争によって、確かに、金利は低下し、債務者の実質所得は増加するであろうが、その限界差分は極めて小さなものである。やはり、住宅ローンの社会的機能からして、新規の住宅供給を伴ってこそ、経済価値の創造に貢献できるのであって、その本源的価値創造を抜きにしては、金融機能としての価値を生むことはない。故に、競争による金利の低下を通じて、金融機関の利益の減少に帰結するだけなのである。

むしろ、他の金融機関の顧客を獲得しようとするよりも、現にある自分の顧客に全精力を注入すべきではないのか。そうすることで、内在的な成長の可能性がみえてくるのではないのか。例えば、住宅ローンならば、既存顧客に対して、増改築ローンやリバースモーゲージ等を提案することで、成長を図るべきなのではないのか。

法人融資でも、他の金融機関の顧客へ積極的な営業攻勢をかけることは、不毛な住宅ローン競争と同じ帰結を生んでいる。つまり、全金融機関の法人融資の残高の総量自体は、内攻的競争によっては、少しも増えず、他方で、金利は確実に下がるので、単に金融機関の利益が圧縮されているだけなのである。

しかも、より深刻な問題は、対顧客サービスの質の低下である。つまり、金融機関の活動総量には限界があるなかで、新規営業に多くの時間と活動量を振り向けることは、既存の顧客に費やす時間と活動量を削減することにならざるを得ないのである。

サービスの質の低下で顧客の不満が高まったときに、他の金融機関が営業にくれば、そちらが新鮮にみえ、よりよいものにみえてしまうのは、避け難いことであろう。こうして、金融機関は、新規の顧客を獲得する一方で、既存の顧客を失い、金融全体としては、少しも成長せずに、ただ、不毛な競争によって、金利は低下し、サービスの質は劣化していく、これぞ恐るべき悪循環といわざるを得ない。

悪循環からの脱却は、現にある顧客への回帰しかないのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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