脱税も麻薬購入も無理に?キャッシュレス決済の本当の効用

有地 浩

キャッシュレス化のメリットは多い。
消費者は、かさばる財布を持ち歩かずにすみ、買い物をすればポイントがもらえる。一方、モノやサービスを販売する店は、釣銭の準備が不要となり、釣銭の渡し間違いや従業員による盗難の心配がなくなるほか、売上金の入金の手間が省ける。さらに銀行は、コストのかかるATMの設置・運営の費用などを削減できる。

写真AC:編集部

しかし、キャッシュレス化のメリットで忘れてはならないのは、マネーロンダリングや脱税を抑止する効果があることだ。
最近、ピエール瀧がコカインの使用容疑で逮捕されたが、彼が売人からコカインを買ったときは、当然現金で買ったはずだ。そうでないと売人が誰だかすぐに突き止められてしまう。

現金はその匿名性という特徴から、こうした麻薬取引やテロリストの活動、そして脱税に使われ、またこれらの資金の隠匿に使用されるという問題があるが、キャッシュレス決済ならば、こうした問題はほぼなくなる。

しかし、キャッシュレス化によりプライバシーが守られなくなることに強い懸念を持つ人が多いのも事実だ。様々なアンケート等でも、キャッシュレス決済をすることによって個人の取引データやプロフィールが企業に渡ってしまうことに、不快感や不信感を持つ人が多いことが示されている。

日本と同様にキャッシュレス化比率が低いドイツでも、プライバシーを理由に現金決済を支持する意見が強い。2016年2月初めにドイツ財務省が、ドイツ国内でのユーロ紙幣による現金決済を5000ユーロまでに制限しようとしたところ、肝心の中央銀行を始め、議会の内外で反対の大合唱が巻き起こり、財務省は早々に案を引っ込めざるを得なくなった。その大きな反対理由の一つが、プライバシーの保護だった。ドイツでは、ナチス時代や東ドイツ時代にプライバシーが侵害された経験があって、政府等の監視の目の及ばない自由な決済手段として、現金決済を維持していく必要があると主張されたのだ。

確かにキャッシュレス化を進めるに当たって、プライバシーに十分な配慮が必要なことは否定できない。しかし、キャッシュレス化が進んでいるアメリカなどの先進国からは、現金決済が減らないドイツや日本は、単に外国からの旅行者がクレジットカードなどのキャッシュレス決済ができない不便な国というだけでなく、マネーロンダリングや脱税に甘いうさん臭さが漂う国としても見られている。

昨年7月に大阪城公園のたこ焼き屋が、所得税を約1.3億円脱税して国税局に摘発されたが、現金商売のため、昭和50年(1975年)ごろの創業以来一度も税金の申告をしなくても、税務署に見つからなかったそうだ。今回は恐らく何らかの情報提供があったか、観察眼の鋭い国税職員が気付いて脱税を把握するに至ったのだろうが、普通にお金の流れだけで見ていくと、売上を銀行に預金しないで現金で隠し持っていたら、なかなか税務署も気が付きにくかったと思う。これがキャッシュレス決済なら、税務署が銀行などを調査すればすぐに不正を発見できる。

また、これも最近のニュースだが、愛媛県知事宛に匿名で現金が約1億円寄付されたというニュースがあった。茶色く変色し、互いにくっついて塊になった1万円札は、通常の保管方法で保管されていたものとは思われなかったが、この約1億円の紙幣の塊は、物理的に汚れているだけでなく、おそらくもともとは法律的にもきれいなお金ではなく、表に出すことがはばかられたため、長い間隠しておかれたものなのだろう。これもキャッシュレス化が進んだ社会であれば、このような資産の隠し方はしなかったし、できなかったと思う。

私はこうしたマネーロンダリングや脱税の防止のためにも、キャッシュレス化は官民挙げて取り組むべき課題だと思っている。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト