「在野」の近現代史研究家が『ダレスの恫喝』原文を読んで考えたこと

2019年03月27日 06:00

「在野」の近現代史研究家を名乗っている手前、ここ最近の八幡vs呉座論争を読むたび穴があったら入りたくなる。が、「在野」の称も編集部から付けて頂いたのだし、この2月までアゴラサイトの存在さえ知らなかった身なので、筆者のことなど両先生の頭の片隅にもないことは十二分に弁えている。

で、これから書くのは「ダレスの恫喝」の話だ。筆者はこの話を書こうとさっきネットで佐藤優氏の記事「61年前に起きた『ダレスの恫喝』とは何か」を読むまで、実は「ダレスの恫喝」という語句を知らなかった。

2016年12月15日、山口県長門市で行われた日露首脳会談(官邸サイトより:編集部)

佐藤氏はその2017年1月の記事でこう書いている(ちゃっかりと自著の宣伝も。太字は筆者)。

東郷和彦氏(京都産業大学客員教授)が筆者に述べたところによると、「ダレスの恫喝」に関する公電や書類は、外務省に存在しない。東郷氏は、外務省のソ連課長、条約局長、欧州局長を歴任したので、北方領土交渉に関するすべての情報にアクセスすることができた。・・「ダレスの恫喝」について証言する文書は、今のところ本書しかない。日本にとって唯一の同盟国である米国との関係を調整することが、北方領土問題を解決する不可欠の条件になる。

が、筆者は安倍・プーチン会談が2016年12月15日に長門市で行われるのを前に、偶さかFRUS(米国省の外交文書サイト)で下記の重光とダレスの会談記録を何かのきっかけで読み、小論を書き残していた。が、どういう経緯で見付けたか全く思い出せない。この辺りの杜撰さが「在野」というか「田舎の好事家」の面目躍如たるところだろう。

Foreign Relations of the United States, 1955–1957, Japan, Volume XXIII, Part 1

Memorandum of a Conversation Between Secretary of State Dulles and Foreign Minister Shigemitsu, Ambassador Aldrich’s Residence, London, August 19, 1956, 6 p.m.

筆者は2月18日の「台湾と千島、その法的地位」と題した本サイトへの投稿の結びでこう書いた。

(北方領土返還交渉)のキーワードは連合国(United Nations)の核たる米英ソ中がポツダム宣言に謳った「吾等ノ決定スル諸小島」に相違いない。そして「その決定」は未だなされていない。

言いたかったことは、“歯舞・色丹は千島列島に含まれない我が国固有の領土だが、国後・択捉もそうかといえば、それはそう言い切れない。よって連合国、就中米国にそれを決めて貰わないことにはこの問題は解決しない”ということ。佐藤氏の「日本にとって唯一の同盟国である米国との関係を調整することが、北方領土問題を解決する不可欠の条件になる」と似ていなくもない。

そこで上記FRUSの中身、それはモスクワで1956年10月12日に始まる日ソ交渉を前にした全権委員重光葵外相がダレス米国務長官と会談した時の議事録だ。ロンドンでのスエズ運河に関する国際会議に参加した重光が、ダレスを捉まえて日ソ交渉で日本がとるべき姿勢について相談を持ち掛けたのだ。

ジョン・フォスター・ダレス(左)と重光葵(Wikipediaより:編集部)

そのポイントは以下のようだ。(紙幅の関係で筆者拙訳のみ掲げる)

議題:日ソ領土交渉  ・・重光氏は平和条約のためのソビエト連邦との交渉の議題を提起したいと述べた。彼は領土問題だけが課題として残っていると言った。ソビエト連邦は歯舞と色丹の北側に境界線を引くことを望んでいた。彼はサンフランシスコ条約の観点からそのような境界が合法であるかどうか尋ねた。そのような譲歩は条約に違反するであろうとSebald氏がワシントンの日本大使館に語った、と彼は述べた。(筆者注:Sebaldは当時の国務省顧問)

・・(Dulles)国務長官は重光氏に、千島列島と琉球諸島は降伏条項の下で同種に取り扱われ、米国はその平和条約によって琉球に対する主権を日本に残すことに同意したので、26条によってもし日本がロシアに対してより良い条件を与えたら、我々自身にも同様の条件を要求することが出来ることを我々も要求する。つまり、もし日本がソビエト連邦は千島列島の完全な主権を与えられる資格があると認識した場合、我々は同様に琉球に対する完全な主権を持つ資格があると当然考える。

拙い翻訳で恐縮だが、26条とはサンフランシスコ平和条約第二十六条に「日本国が、いずれかの国との間で、この条約で定めるところよりも大きな利益をその国に与える平和処理又は戦争請求権処理を行つたときは、これと同一の利益は、この条約の当事国にも及ぼさなければならない」とあるのを指す。

要するに、日本が千島列島をソ連に与えるなら米国も沖縄を返さない、と言う訳だ。これが世に言う「ダレスの恫喝」。これに対し重光は、同条約第三条(北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島を含む・・)を、合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におく)を蒸し返すことは出来ないと承知した、と述べて引き下がざるを得なかった。

が、重光はめげずに「米国が千島列島と沖縄の処分を議論するための会議を招集するイニシアチブをとる用意があるかどうか尋ねた」が「長官はこの提案に否定的な態度を取った」と書いてある。重光の頭にはポツダム宣言の「吾等ノ決定スル諸小島」があったに違いない。が、ダレスは首を縦にしなかった。きっとこの問題にいい加減ウンザリしていたのだろう。

このダレスの塩対応と言い、ヤルタに向かう前のルーズベルトにもブレイクスリー報告で千島列島の故事来歴を詳しく説明していたのに彼はそれを一顧だにせず、スターリンの言いなりに千島列島を与えてしまったことといい、また朝鮮戦争の引き金になったといわれるアチソン発言(米国の防衛線から台湾と朝鮮を外した)も含めて、当時の米国の為政者たちは極東に疎かった(他により重要な興味があった?)ように筆者には思える。

こうした経緯を踏まえて重光らが臨んだ日ソ交渉だったが、「日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す」ことが宣言されるにとどまった。その後60年余りを経た今日も、千島列島の法的地位は我が国にとって未解決のままだ。

この際、「在野」の素人の強みで6月に予定される安倍vsプーチンの領土交渉の結論を大胆予想してみたい。それは次のようだ。

  1. 歯舞諸島と色丹島の主権は日本に戻される
  2. 国後島と択捉島の帰趨は継続協議となるも、日本人のビザなし渡航や資本投資は解禁される
  3. 平和条約は締結される

さらにその先を無責任に予想すれば日米露安全保障条約の締結だ。根拠は次の通り。

  1. 先の大統領選挙へのロシアによる妨害。トランプの関与は立証されなかったようだが、それがクリントン陣営への妨害だったと明らかにされた。(ロシアはなぜトランプに与した?)
  2. 米国のINF条約破棄。ロシアの違反が表向きの理由だが中国に向けた政策であることは明白。(先行開発したロシアは当面は負担なし。)
  3. ロシアにとって長い国境を接せする中国の脅威の方が米国のそれより大きい。日米と組む方が得。

夢物語はこれくらいにして最後に重光葵に触れたい。涙腺の緩い筆者は重光に弱い。降伏文書の調印でミズーリ艦上に登る姿を思い出すからだ。不自由な右足をステッキで支え山高帽にモーニング姿で甲板を歩く姿は涙なしには見られない。第一次上海事変直後の上海での天長節で朝鮮人テロリストに爆弾を投げつけられ右足を失ったのだ。

常に杖と共にあった重光(Wikipediaより:編集部)

もう一つ泣かせるのは「外交回想録」(中公文庫)の「序にかえて」。右足を失った後に、外交官としての海外勤務中で死に目に会えなかった父と母に捧げた一文だ。これの要約など筆者にはとても無理。読者諸兄姉には買うなり図書館で借りるなりしてぜひお読み願いたい。

1911年から45年8月の終戦まで35年間の外交官職を全うし、A級戦犯として巣鴨で4年半を過ごした後、53年に衆議院議員に当選した。鳩山一郎と日本民主党を結成して副総裁に就き外務大臣となって先述の日ソ交渉に臨んだ。56年10月19日の共同宣言から3か月後の1月26日に死去したのだが、さぞかし心残りだったことだろう。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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