渋沢栄一が1万円札になるその深読み

2019年04月09日 14:00

1万円札が福沢諭吉から渋沢栄一になるそうです。渋沢栄一の知名度は正直低いと思います。「日本人に聞きました、渋沢栄一がおおざっぱでも何をやったか答えられる人?」と問えば多分10人にひとりいるかどうかではないでしょうか?

渋沢栄一(Wikipediaより:編集部)

彼の存在が地味であったのは役人としては歴史上ほとんど名前が挙がってこないこと、彼自身を一つの所属という観点で見ると絞り切れないことがあると思います。「日本の資本主義の父」と言われても何か雲をつかむような話でしょう。経済学部出身の私がそういうのですから知らなくても当たり前であります。

では、彼が500社以上の会社の設立にかんでいる、とすればどうでしょうか?第一国立銀行(現みずほ銀行)、東京海上、キリンビールとサッポロビール、東京ガスや帝国ホテルなど今の東証一部上場の老舗企業がずらりと並びます。

渋沢栄一は「私利を追わず公益を図る」という発想でした。財閥が次々と生み出されていた最中、全くそれを追わなかったところに100年以上たって真の評価が生まれてきたといってもよいのではないでしょうか?

事実、氏は財団等の設立にも尽力します。聖路加病院の初代理事長をはじめ、日本赤十字社、東京慈恵会、一橋大学、東京経済大学、二松学舎、国士館、日本女子大等々の設立にも関与しており、現代日本の礎を作り上げた方と申し上げて過言ではない真の意味での「代表的日本人」であります。

もしも興味がある方がいれば桜の名所である北区王子の飛鳥山公園内の渋沢記念館に行かれたらよいでしょう。氏のことをじっくり勉強できます。決して華美ではないものの氏のすべてが理解できる実に立派な記念館です。

そんな渋沢栄一がなぜ1万円札になったか、私の個人的な思いを込めた深読みをしたいと思います。氏は生い立ちからビジネスと背中合わせの人生であった上に幼少の時から書を読み、勉学に励んでいます。立派なのは私利私欲を追わず、日本のあるべき形を作るための手伝いを各方面でします。上記の企業や学校、財団等の名前を見てひとりの人間が関与したとは思ないほど広い範囲で活躍します。

渋沢栄一の1万円札を見れば「この1万円をどう有効に使うか、考えよ」」と問いかけられるのではないかという気すら致します。

それは日本が第二の再生時代に入ったとも解しています。渋沢氏の作り上げた礎の元、100年にわたり、日本経済は復興し、世界有数の規模に達しましたが、これからの100年、日本が経済的に更なる成長をするため、そして地球の中の日本という立場から利他の心をもって多くの国から愛され、尊敬されるような高みに上がることを求められているという気すらするのです。

素晴らしい方が1万円札になってくれたと思います。私はこの人を置いてほかに万札にふさわしい方は当分出ないと思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年4月9日の記事より転載させていただきました。

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