12日の報道各紙は「日本、韓国に逆転敗訴」と報じた。WTO上訴審の判断は事前の予想を裏切って3.11の被災地に春遠しを感じさせる冷たいものだった。筆者も3月12日の投稿「長引く3.11の影響:韓国と台湾の被災地産物輸入規制」で韓国敗訴を予想したので、驚くと同時に、大いに落胆した。そこで先ずは簡単に本件の経過を振り返ってみたい。
2011年の3.11を契機に日本の水産物輸入を規制していた韓国は、2013年9月からは被災地8県産の水産物を全面禁輸とし、加えて日本産の全ての食品に追加的な放射性核種の検査を要求するなど、輸入規制を強化した。
これら韓国の規制強化を受けて日本政府は2015年5月21日、韓国の追加措置がWTOのSPS協定*2.2、2.3、4、5.1、5.2、5.5、5.6、5.7、5.8、7及び8条と付属書Bの段落1と3及び付属書Cの段落1(a)、1(c)、1(e)と1(g) に違反するとして、以下について韓国との紛争解決手続に基づく協議をWTOに要請した。(*SPS協定・・衛生植物検疫措置の適用に関するWTOの協定)
a)特定の食品に対する輸入禁止。
b)特定の放射性核種の存在に関する追加の試験および認証要件。
c)SPS協定に基づく透明性義務に関する多数の記載漏れ。
2016年9月に設置されたパネル(二審制の下級委員会)は2018年2月、韓国の輸入規制措置がSPS協定に反すると判定し、措置をSPS協定に適合させるよう韓国に勧告する報告書を出した。が、これを不服とする韓国は同年4月に上級委員会へ申立てを行い、2年経ったこの12日に上級委員会がパネルの判断の一部を取り消す報告書を出した。
この報告書を受けるや菅官房長官は間を置かずに次のように述べ、韓国に対して科学的根拠に基づき禁輸措置全体を撤廃するよう二国間協議を通じて求めていく考えを示した。
すでに輸入規制を実施した54の国のうち31の国で輸入規制は撤廃されている。今回の報告書でも、日本産食品は科学的に安全であり、韓国の安全基準をクリアしているとの一審の判断は取り消されていない。・・敗訴との指摘は当たらない。
これらの報道を読むだけでは事の真相が良く判らない。こういう時は一次資料に当るのが一番なのでWTOのサイトを覗いてみた。本件に関するPDFが3件あり英語と仏語と西語が選択できる。日本語がないので仕方なく英語を選び真ん中の78頁の分を開いた。
量が多くて全部読むには何日も掛かりそうだ。そこで最初に目次を見、全1条〜6条の最後の「6. 事実認定と結論(FINDINGS AND CONCLUSIONS)」を読んでみた。
6条の内訳は以下の9項目だ。(右の数字は頁)
6.1 Article 5.6 of the SPS Agreement 73
6.2 Article 2.3 of the SPS Agreement 73
6.3 Article 5.7 of the SPS Agreement 74
6.4 The Panel’s treatment of evidence 74
6.5 The Panel’s expert selection 74
6.6 Article 7 and Annex B (1) to the SPS Agreement 74
6.7 Article 7 and Annex B (3) to the SPS Agreement 76
6.8 Article 8 and Annex C (1) (a) to the SPS Agreement 77
6.9 Recommendation 77
報告書は、6.1〜6.3で日本が矛盾を指摘したSPS協約の内5.6条、2.3条、5.7条について検討し、6.4と6.5でパネルによる証拠の取扱いとパネルによる専門家の選択を検討している。また6.6〜6.8ではSPS協約の7条・8条とその付属書について検討し、そして6.9で勧告する章立てだ。
以下にポイントを要約する。重要なのは6.1と6.2だ。
6.1で上級委員会は(i)包括的な輸入禁止の採用と2013年の追加試験の要件(ii)韓国のあらゆる措置の維持、に関するパネルの事実認定を取り消した。理由は、パネルは韓国のALOP*、即ち(i)通常の環境に存在するレベル(ii)「合理的に達成可能な限り低い」被曝(iii)1mSv /年の定量的被曝量、を受け入れたのに、その分析は1mSv /年の量的要素にのみフォーカスしたこと。(*ALOP・・適切な衛生健康保護水準)
菅長官が「韓国の安全基準をクリアしているとの一審の判断は取り消されていない」と述べる訳は、上級委員会が(i)通常の環境に存在するレベル(ii)「合理的に達成可能な限り低い」被曝、を定量化するところまで踏み込んでいないことを指すと思われる。手続きを検討したという訳だろう。
次に6.2で上級委員会は2.3条による分析では、まだ製品には現れていないが可能性が問題となる規制上の目的及びSPSの特定リスクに照らして関連のある領土条件など、加盟国の全ての条件を検討する必要があるのに、パネルが2.3条に基づく関連「条件」の範囲を「製品に存在するリスク」に限定されると結論を下したことをもって、パネルが2.3条の解釈を誤ったとした。
これを筆者なりに解釈すれば、日本は1mSv /年の量的基準の下に産品を検査しているものの、2.3条が「加盟国間で“同一または類似の条件が優先される”ことをしきい値として証明することを求めている」にも拘らず、別の場所の産品でそれを上回る可能性があり得ることをパネルが考慮していないことをもって2.3条の解釈を誤った、としているようだ。
6.3で上級委員会はSPS協定の5.7条の下でのパネルの事実認定は無効で法的効力がないと宣言した。その理由は日韓両国のSPS協定5.7条のへの対応に関して、パネルがその権限を越えてDSU*の7.1条と11条と矛盾する行動をしたこと。これもいわば手続きの問題だ。(*DSU・・WTO協定の一つで「紛争解決に係る規則及び手続に関する了解」のこと)
6.4及び6.5で上級員会は、6.1〜6.3でパネルの事実認定を取り消しているので6.4と6.5を検討する必要がないとした。また6.6ではパネルの事実認定を支持した。そして6.7では、パネルがSPS協定の附属書B(3)の解釈を誤ったとしてパネル報告書の段落7.507 – 7.510の事実認定を取り消した。
最後の6.8で上級委員会は、加盟国がSPS協約に精通できるよう附属書B(1)が充分な情報を含みまたアクセス可能であるべきとするパネルの言及に同意した。が、SPS規則の公表が適用可能な「特定の原則と方法」を含むことを要求すると考える範囲で、パネル報告書の段落7.464のパネルの事実認定を修正した。
以上、結論だけだが読んでみた。各紙の報道通りパネルの手続きに瑕疵があったことを以って日本の申し出を退けた感が強い。要するにWTOのいわんとするところは、韓国は韓国の、日本は日本の基準でそれぞれに適した措置を取れば良いということだろう。考えてみれば当たり前だ。だからこそ「輸入規制を実施した54の国のうち31の国で輸入規制は撤廃されている」訳だ。
この上は韓国や台湾の市場など当てにせず、我々日本国民が挙って被災地の産物を消費しようではないか。我々とは味覚の異なる輩の口に入れるのはもったいない。大手スーパーやデパ地下などは、現地に買いに行けない者のために被災地直送の物産を常時販売し、大店法で商店街を軒並みシャッター通りにした罪滅ぼしをして欲しい。被災地産物、買うぞー!
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。