未曽有の震災から今日でまる8年、今朝の朝鮮日報は「WTO敗訴濃厚の韓国、8年ぶりに福島産水産物輸入再開か」との見出しで、「年内にも福島近辺の水産物の輸入が8年ぶりに再開される可能性が出てくる」と報じた。
韓国は3.11後に被災地近辺の水産物輸入を規制し、13年9月からは福島近隣8県の水産物輸入を全面禁止した。日本は15年5月に禁止対象の品目のうち水産物28種の輸入禁止を協定違反としてWTOに提訴した。WTOは18年2月の一審で日本の主張を認めた。同記事によれば「韓国の包括的禁輸措置は必要以上に貿易制限的」というのがその理由だそうだ。
韓国主要紙の関係記事は、3月10日に中央日報が「福島原発事故から8年…ソウルで脱原発訴え市民が行進」の見出し記事を、ハンギョレも10日に「3.11東日本大震災8周年迎えた日本…未だ癒えない傷」との見出しで「まだ遺体が見つからない行方不明者2533人」、「福島原子力発電所廃炉にはまだ難題が山積」、「汚染水・汚染土の処理も解決困難」などと報じている。
東亜日報や聯合ニュースに3.11関係の記事はないし、10日の中央日報もハンギョレもWTO絡みの記事ではない。なので、朝鮮日報だけがなぜ「福島産水産物輸入再開」について報じたのか判らない。が、そもそも科学的にも安全性が確認されていて、日本国内で普通に流通している食品の輸入を禁止するなんて、これほど日本と被災地に対して失礼な話はない。
この関係では台湾も福島と近県5県の食品輸入を禁止したままだ。こちらは水産物だけでなく農産物や加工食品も含むから韓国より厳しい。が、日本は台湾をWTOに提訴していない。筆者が想像する、日本が台湾に対し韓国と異なる対応をとっている理由は後述する。韓国が反日で台湾が親日だからということではないと思う。
先の沖縄県民投票や今後予想される大阪の都構想府民投票など国民(や住民)投票の話題が続くが、台湾でも被災地からの食品輸入解禁を対象項目の一つにして、昨年11月に国民投票(公民投票)があった。解禁に前向きな政権与党民進党に対し、これに反対姿勢をとる国民党が輸入解禁反対を投票対象項目にするべく署名活動を行い、投票の運びとなったからだ。
台湾の公民投票法案は1993年に野党時代の民進党が提出し、政権与党となった陳水扁総統下の2003年末に成立した。現政権下の2017年には発議が有権者の0.1%から0.01%に、署名が同5%から1.5%へと大幅に条件が緩和された。成立要件も有権者の50%以上の投票での賛成過半数から、賛成が反対を上回り且つそれが有効投票数の25%以上となった。目下の有権者数は約1879万人なので、1879人の発議、28万人の署名、470万人の賛成で成立する(以上は国民投票。別に住民投票もある)。
そこでその台湾の国民投票、設問と結果は次のようだった。(筆者がAI翻訳にて訳出)
9)政府が福島県と周辺4つの県(茨城県、栃木県、群馬県、千葉県)と農業と食品輸入の他の領域を含む311福島原子力災害関連分野開放禁止を維持することに同意しますか?
結果…同意779万票(72.3%)、不同意223万票(20.7%)
禁止を維持したい国民党が28万以上の署名を集めて提案した設問だから「開放禁止を維持することに同意しますか」などという回りくどい表現になっている(筆者の翻訳も明らかに拙いが..)。すっきり「解禁しますか」と問うたならこれ程の大差にはならなかったかも知れぬ。が、結果は圧倒的な差で禁止が維持されることとなった。
なぜこれだけの大差がついたのだろうか? 筆者は台湾の知人数人にその辺りを聞いてみた。すると驚くような答えがほぼ異口同音に返ってきた。「国内で売れないものを日本は台湾に輸出していると思っている台湾人が結構たくさんいるよ」というのだ。
調べてみて筆者は次の4つの結論に辿り着いた。
①禁止地域産の加工食品(キャンディやキャラメル)の輸入や産地ラベル張替え事件などが起きた
②公聴会は①などを受けた否定的な意見が出て荒れた
③その種の噂が飛び易くまた信じ易い台湾人の気質
④民進党と国民党の対立
の4つだ。
特に影響が大きかったと思われる②の公聴会の経緯はこうだ。
民進党・蔡英文政権は発足して半年後の2016年11月初めに、福島以外の4県産の食品の輸入を一部(茶類・飲料水・乳幼児用粉ミルク・天然水産品)を除いて認める法案を立法院に提出した。が、反対する国民党は公聴会開催を求めた。12日に開催された公聴会で反対派から「日本で販売できない食品を台湾に押し売りするものだ」とする意見が出るなど公聴会は混乱し、台北では流血騒ぎまで起きた。
行政府はこうした行為は市民が意見を述べる権利を損ねるものだと批判、東京の謝長廷代表(駐日大使に相当)もフェイスブックで、そうした主張はただの風説で代表処近くのスーパーには福島県産の野菜が並んでいると中国語と日本語で書き、「日本人は健康を重視し、食品安全の管理も極めて厳格」と指摘、検査で不合格の食品がスーパーで販売されることはないと安全性を強調した。
なるほど日本政府がこれまで台湾をWTOに提訴しなかった理由が腑に落ちる。と同時にプロパガンダの恐ろしさも改めて実感する。が、国民投票で否決された以上、いかな蔡英文政権でも法的な拘束を受けて2年間は解禁出来ないことになった。
河野外相はこの投票結果を受けて、台湾についてもWTOへの提訴を匂わせた。が、もし提訴したとして果たしてWTOの裁定が、台湾国民の圧倒的多数が支持した投票結果を覆せるのかどうか筆者には良く判らない。が、一方の韓国では冒頭の朝鮮日報がこう報じている。
ソウルの外交消息筋は「昨年4月に韓国側が提起した上訴の最終判定日をWTOでは来月11日と定め、このほど韓日政府に通知した。韓国側敗訴の可能性が高い」と語った。敗訴した場合は約3-15カ月の移行(猶予)期間を経て、これまでの輸入制限措置は解除しなければならなくなる。
どうやら韓国は輸入解禁せざるを得なくなる可能性が高いようだ。めでたしめでたし。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。