新5千円札に著作権侵害訴訟のリスク?(追記あり)

2019年04月19日 06:01

新紙幣、津田梅子の写真反転か 5千円札の肖像画、津田塾大指摘」(東京新聞 TOKYO Web)は以下のように報じた。

財務省が9日に発表した新紙幣の5千円札に使われる津田梅子の肖像に関し、津田塾大が提供し、新紙幣と酷似している36歳ごろの写真と顔の向きが逆になっていると指摘されていることが16日、分かった。津田塾大の広報担当者は「写真が反転されて肖像画に使われたと考えている」としている。

津田梅子の肖像を反転して使用した可能性が指摘されている新5000円札のデザイン案(財務省サイトより:編集部)

両方の写真を紹介した「新5千円札の津田梅子 向き逆?」(NHK NEWS WEB )では、財務省のコメントを以下のように紹介している。

財務省は、「既存の写真がそのまま肖像になるわけではなく、複数の写真をもとに国立印刷局の技術者が紙幣の原版用に彫刻を行って新たに作るものだ」と説明していて、見本通りのイメージで新しい五千円札を発行する方針だということです。

複数の写真をもと作成したとしているが、津田塾大の広報担当者が、肖像画が使われたと指摘するとおり、両者は酷似している。

死者の著作者人格権

著作権法第60条柱書は、「著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない」と定めている。

本件で「著作者」は肖像を撮影した写真家である。「著作者人格権」には三つの権利があるが、ここで問題になるのは同一性保持権である。

「第20条 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」

ポイントは「意に反する改変」かどうかだが、その判定は主観的要素が入るため難しい。

ケネディ大統領の暗殺後、副大統領から昇格したリンドン・ジョンソン大統領は、1人で撮影される際、左右どちらか(ウェブ公開されている写真などから推測すると、多分右側)から撮影されることを嫌ったため、報道関係者の間では顔の右側は月の裏側より遠いとささやかれた。

本件では横向きの角度が浅いので、大差ないと客観的には見られそうだが、本人にはこだわりがあって、写真家もそれを知ってこのアングルで撮影したかもしれない。

写真家は当然、なくなっているが、第60条は「著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない」としている。

故人の権利を誰が主張するかについては第116条が、「著作者又は実演家の死後においては、その遺族(死亡した著作者又は実演家の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹をいう。…)は、…請求をすることができる」と定めている。

三島由紀夫手紙事件

実際、遺族が訴えた事件がある。作家福島次郎氏は、小説「三島由紀夫―剣と寒紅」の中で三島氏との交際などを描いた。小説の中で三島氏から送られた手紙とはがきを無断で公表された三島氏の長男と長女が、作家と出版社(以下、「作家」)を著作者人格権侵害などで訴えた(以下、「三島事件」)。

1999年、東京地裁は三島氏の死後の著作者人格権などを侵害するとして出版差止めと500万円の支払い、謝罪広告の掲載を命じる判決を下し、東京高裁、最高裁もこれを支持した。

第60条には次のただし書きがある。

ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。

作家は出版差止めについては、種々の事情を上げて、手紙の公表が三島の意を害するものではないため、ただし書きに該当すると主張したが、認められなかった。

本件ではどうだろうか?年月も経過していることから、「社会的事情の変動」があった可能性はある。しかし、最近は出版契約で、著作者人格権については行使しないとする不行使特約を締結するケースも多いが、当時そうした特約を結んだとは考えにくいので、作家に有利な事情変動とはいえない。

訴えられるリスクは小さいかもしれないが、訴えられて、写真家の意図が立証できれば、侵害が認められる可能性はある。侵害が認められて、紙幣の発行が差し止められた場合の損害は、三島事件の比ではない。財務省がそのリスクまで検討したのか、老婆心ながら気になるところである。

【追記:20日朝】説明不足だった点を補足する。三島由紀夫手紙事件で争われたのは同一性保持権ではなくもう一つの著作者人格権である公表権、つまり未公表の著作物を無断で公表されない権利。作家は手紙の公表が三島氏の意を害するものではないと主張したが、認められなかった。本件で 写真家の子孫が争うとしたら同一性保持権侵害。写真の左右反転は写真家の「意に反する改変」であることを立証して認められれば、新紙幣の発行を差し止められる。

城所 岩生 国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授。米国弁護士。
東京大学法学部卒業後、ニューヨーク大学修士号取得(経営学・法学)。NTTアメリカ上席副社長、ニューヨーク州・ワシントンDC弁護士、成蹊大学法学部教授を経て、2009年より現職。2016年までは成蹊大学法科大学院非常勤講師も務める。2015年5月~7月、サンタクララ大ロースクール客員研究員。情報通信法に精通した国際IT弁護士として活躍。最新刊に『音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題』(みらいパブリッシング)

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国際大学GLOCOM客員教授、米国弁護士(ニューヨーク州・首都ワシントン)

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