日銀のヘリコプターは飛ぶか

2019年04月28日 17:30

日銀は25日の金融政策決定会合で、2021年度のインフレ見通しを1.6%に変更し、2%のインフレ目標は黒田総裁の在任中に実現するかどうかもあやしくなってきた。日銀の弾薬はもう尽きたようにみえるが、少なくとも理論的には最後の手段が残っている。日銀副総裁の若田部昌澄氏は、2016年4月にこう書いた。

日銀がヘリコプターマネーを導入する経済的な理由は申し分ない。日本は長期停滞のフロントランナーであり、特に2014年4月に消費税を引き上げて財政政策を拡大から緊縮に変更したあと、QQE(量的・質的緩和)やNIRP(マイナス金利政策)はデフレ脱却に成功していない。今は拡張的な金融政策と財政政策の組み合わせを本格的に進めるときだ。

これは彼が副総裁に就任する前のコラムだが、その後も彼の立場は変わっていない。ヘリマネ政府が現金を民間に供給する政策だが、政府が通貨を発行する必要はなく、たとえば政府が減税し、それを日銀がファイナンスすれば名目需要が創出できる。

INGのイメージ

黒田総裁はヘリマネを一貫して否定しているが、法的には不可能ではない。財政法では国債の日銀引き受けを禁じているが、日銀の中に政府の特別口座をもうけて、政府債務に対応する現金を振り込めばいいのだ。これは国債ではなく、電子的な「1兆円札」のようなものでいい。

イギリスの金融庁長官だったアデア・ターナーは、2017年に来日して安倍首相と黒田総裁にこう伝えたという。

日本の公的債務残高は国内総生産(GDP)比で250%。国際通貨基金(IMF)が公表する純債務残高でも140%にのぼる。このうちGDP比で80%近くの国債を日本銀行が保有している。この日銀保有分を帳消しにしてしまえば、財政問題は解決するというのが私の提唱するマネーファイナンスだ。

ここで彼のいうマネーファイナンスはヘリマネと同じ意味だが、政府債務を「帳消しにする」というのはデフォルトではなく、日銀が「国債は永久に保有する」と宣言して国債を償却すればいい。政府と日銀のバランスシートを統合して考えると、政府債務は日銀の資産と相殺できるからだ。

昨年IMFが発表した財政モニターでは、PSBSの会計基準で日本政府の「金融資産」に日銀の保有する国債を算入し、日本政府の純資産をGDPの-5.8%と推定した。ヘリコプターを飛ばさなくても、会計基準をPSBS方式に変更するだけで政府債務はほぼゼロになるのだ。

これについては「ハイパーインフレが起こる」という批判があるが、その理由ははっきりしない。FTPLで考えると、物価は

物価水準=名目政府債務/実質政府資産 (*)

で決まるので、統合バランスシートでは、どういう会計処理をしても政府と日銀を合計した名目政府債務(純債務)は変わらない。だから国債を通貨に置き換えても物価は変わらないようにみえるが、それは誤りだとブイターは指摘する。

通常の政府債務は、最終的には増税で返済することが原則なので、財政赤字が増えると将来の税負担が増えるリカードの中立命題で、将来世代の消費が減る。それに対して通貨は返済する必要がないので、国債を現金に替えることは将来世代の債務を減らして消費を増やす効果をもつのだ。

したがって理論的には、ヘリマネのインフレ効果は長期的な需要の増加で物価が上がる効果だが、それほど大きなものではない。消費税の2%増税が延期されたら「将来もっと増税されるから消費を減らそう」という消費者はほとんどいないので、その財政赤字を国債の代わりに日銀券でファイナンスしても変化はないだろう。

問題は、ヘリマネが政治家のインセンティブに及ぼす影響である。財政赤字を増やしても日銀が買い取って帳消しにしてくれるなら、政治家は無限に政府債務を膨張させ、国民もそれを予想してハイパーインフレが起こるのではないか。

これについてターナーは「日銀政策委員会で政府債務の償却の限度を決めるべきだ」というが、これは予算編成にもかかわるので、日銀だけで決めることはできない。政府債務をコントロールする独立行政委員会のような制度が必要だろう。

ゼロ金利では、金融政策にできることはほとんどない。ヘリマネも財政赤字を日銀が支援する財政政策である。しかし財務省は緊縮財政派だが、安倍政権は放漫財政派で、両者の妥協で(財務省出身の)黒田総裁は、緊縮財政を支えるマネーファイナンスという矛盾した政策を続けてきた。

「インフレ期待」を生むには(*)式で名目政府債務の増加が必要だが、財務省はプライマリーバランスの黒字化を目標にしている。これがアベノミクスの失敗した原因だ。長期停滞の時代に必要なのは、中央銀行の独立性ではなく政府と日銀の協調である。財政政策をコントロールする新しい制度設計を考える必要がある。

追記:厳密にいうと、リカードの中立命題が成立する場合でも、ヘリマネの需要創出効果はある。日銀券は民間の資産になるが日銀が返済する必要はないという非対称性があるからだ。詳細は前掲のブイター論文参照。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 学術博士(慶應義塾大学)

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