日銀は「ヘリマネ型量的緩和」に転換するとき

池田 信夫

新型コロナは日本では鎮静化に向かっているが、世界に拡大してきた。特にアメリカの感染者が542人と日本を抜き、死者も22人で世界第5位になった。これで全世界がパニックに陥るだろう。

これは2009年の新型インフルエンザのように、健康被害はそれほど大きくないが経済に大きなダメージを与える経済的パンデミックになるおそれが強い。こういうとき必要なのは、人々の萎縮した心理を回復させることだ。

昨年10~12月期の成長率は年率マイナス7.1%に下方修正されたが、これにはコロナの影響は含まれていないので、1~3月期のGDPは年率10%以上の減少になることは確実だ。この大きな需給ギャップを埋めるには、数兆円規模の総需要追加が必要である。

日本ではマイナス金利が続いているので、大胆な財政出動ができる。問題は何に使うかだが、感染症対策だけでは数千億円が限度だろう。国会には補正予算が出ているが、これでは足りない。それより早いのは、日銀が国民の銀行口座に直接入金することだ。それがブランシャールも提言している国民の量的緩和である。

「国民の量的緩和」はヘリマネと同じ

政府の発行するクーポン(イメージ)

これはフリードマンのいうヘリコプターマネーで、その名前ほど荒唐無稽な政策ではない。今は日銀がいくら銀行にマネタリーベースを供給しても、銀行の日銀当座預金に「ブタ積み」になってしまうので、日銀が直接、個人にばらまけばいいのだ。

日銀が銀行に現金を供給するとき、その一部を国民への定額のクーポンとし、銀行はそれをすべての顧客の口座に入金する。これはもともとイギリス労働党で検討された政策だったが、今のEUでは規制があってできない。ブランシャールはEUに規制を変えるよう提言しているが、日本では可能である。

たとえば1人10万円のクーポンを全国民に発行すると約12兆円になるが、これは日銀の供給しているマネタリーベース510兆円の2%程度なので、日常のオペレーションとしてできるだろう。名寄せはマイナンバーを使えばいい。クーポンの発行は昨年の消費増税のときのポイント還元で経験があるので、実務的にはそうむずかしくないだろう。

クーポンのコストは統合政府部門(政府+日銀)全体で12兆円になるが、これは一般会計に計上して国債を発行し、日銀がそれを買い取る。これは金融政策ではなく財政政策なので、日銀の通常業務を逸脱するが、日銀法43条で可能だ。内閣が決定して国会が事後承認すればいい。

マクロ経済的には、これは統合政府部門の赤字を12兆円増やすが、日銀の民間に対する債務(日銀当座預金)を増やす量的緩和と同じだから、国民が合理的なら量的緩和とヘリマネは同じである。

「財政と金融の協調」への転換が必要だ

しかし心理的な効果は、ヘリマネのほうが大きい。日銀が量的緩和で出した資金はいずれ「出口」で回収されるが、ヘリマネは国民が直接受け取るので、人々はそれを使ってしまうからだ。この心理的効果が量的緩和とヘリマネの唯一の違いである。

ただ効果が大きいということは、インフレ予想に与える影響も大きいということだ。これは12兆円の財政赤字を日銀が「先食い」するオペレーションなので、政府の決定が必要だ。安倍首相が「すべての国民に10万円配る」 とアナウンスした途端に、激しいインフレが起こるかもしれない。

それが心配なら、最初は5万円ぐらいから始めて徐々に増やしてもいいが、今は需要不足がGDPの10%ぐらい発生するおそれがあるので、12兆円ぐらいの財政支出でインフレになるおそれは少ない。むしろ何も起こらない可能性がある。

しかし10万円で何も起こらないからといって、次は20万円、30万円…とバラマキを増やしていくと、どこかで激しいインフレが起こる。これは資金需給で決まるのではなく、財政についての予想の変化で起こる財政インフレなので、連続的に起こるとは限らない。その基準はインフレ目標ではなく、長期金利を見たほうがいい。

今のように長期金利がマイナス(金利<成長率)のうちはヘリマネは無害だが、1%になると金利と成長率が逆転するので要注意である。こういう金利目標でヘリマネをコントロールするのがフィッシャーの提案だが、日銀の「イールドカーブ・コントロール」と親和性がある。

これは財政赤字を日銀が埋める財政ファイナンスであり、黒田総裁も認めた財政と金融の協調である。日銀はその財政=金融ルールを明示し、従来の量的緩和とは違う基準でコントロールすることを明らかにしたほうがいい。

そのためには日銀政策委員会で方針を変更する必要があるが、これは実質的にはいま日銀のやっていることを大きく変えるものではない。ターナーもいうように、日銀はすでに世界最大規模のヘリマネをやっているので、必要なのは正直になることだけである。