フェイスブックの仮想通貨「リブラ」は潰される

有地 浩

6月18日、フェイスブックは来年前半にも独自の仮想通貨リブラを発行すると発表したが、早くも発表の翌日、アメリカの下院金融委員長のマキシン・ウォーターズ議員が、フェイスブックに対して開発を一時中断するように要請したことが米CNBCで報じられた。

Libra 公式FBページより:編集部

その後も、英国中央銀行のカーニー総裁、アメリカFRBのパウエル議長、トランプ大統領など、政界や金融界の大物がリブラに対して否定的発言を相次いで行っている。

これらの批判の理由は、ほぼ共通していて、プライバシー保護、マネーロンダリング対策、消費者保護、金融の安定性確保といったことがリブラでは十分にできない懸念があるというものだ。

確かにフェイスブックは利用者の個人情報の流出や不正使用で批判を受けており、懸念されるに値することをしてはいる。

しかし、トランプ大統領を始めとして、政界や金融界から一斉にこれほどの非難が集中するのは、プライバシー保護や消費者保護が主たる理由ではなく、リブラが法定通貨への挑戦者、さらに言えば基軸通貨であるドルの地位を揺るがす恐れがあるものだからだ。

リブラと同じくブロックチェーン技術を使った仮想通貨のビットコインは、その価格が短時間に乱高下したり、一つの取引が終了するまでに時間がかかったり、総体の発行額が世界の決済需要をまかなうには小さすぎるなど、決済手段としての要件が十分に備わっておらず、ドルや円などの法定通貨の地位を脅かすものではない。しかしリブラは違う。

フェイスブックの利用者は世界中で約27億人いると言われ、そのフェイスブックが創設するリブラの管理団体のリブラ・アソシエーションには、VISA、Materなどの大手クレジットカード会社やPayPalホールディングス、ウーバー・テクノロジーズなど名だたる企業約30社が参加している。そして今後さらに70社程度の参加が期待されているという。

そしてリブラの価値は、ドル、円、ユーロ、ポンドといった4つの主要な法定通貨のバスケットにリンクされるので、価格の変動がほとんどないというメリットがある。

もし世界中でリブラが使われるようになると、財政赤字や貿易赤字が大きく、通貨の信用力が低い国では、国民は自国の通貨ではなくリブラを通貨として使用するようになるだろう。例えばジンバブエやベネズエラではハイパーインフレで価値がどんどん下がっていくジンバブエ・ドルやボリバルに代えて、リブラでモノやサービスの取引、あるいは貯金が行われるだろう。

基軸通貨国のアメリカでさえ、為替変動リスクが少なく、送金コストが極めて安いリブラ建てでの貿易代金決済やリブラ建ての債券発行が行われたりするかもしれない。もしリブラ建て取引が増えれば、FRBが金利を上下したり、量的緩和や引き締めを行っても、実体経済に影響力が及びにくくなるだろう。言い方を変えれば、ドル経済圏とは別のリブラ経済圏が出現してしまうのだ。

もう一つ、リブラの大きな懸念事項として批判の的となっているのが、マネーロンダリング対策が十分に取られない可能性があることだが、これはいわゆる麻薬や犯罪収益と言った汚れたマネーの洗浄の問題だけではない。もっと重要なのは、リブラの使用が広がると、アメリカによる経済制裁が効かなくなることが問題なのだ。

例えばイラン制裁の一環で、イランの銀行は、国際送金では必ず使われるSWIFTという銀行間の国際金融ネットワークから除外されており、イランと海外との貿易決済代金などのやり取りはほぼ停止しているが、リブラを使えば、何も銀行の口座経由で送金しなくても、直接輸入者から輸出者に代金を送金(即ち支払い)することが可能となる。

これは経済制裁に大きな穴が開くことを意味しており、経済制裁を軍事外交上の重要な手段として使ってきたアメリカにとっては、許せないことだ。

トランプ大統領はツイッターで、「アメリカには、実体ある通貨はただ一つしかない...それは世界中で群を抜いて支配的で、今後もそうあり続けるだろう。それはアメリカ・ドルと呼ばれるものだ。」と言っているが、まさにドルの覇権は渡せないといった本音が出たものだ。

現在、アメリカの証券取引委員会(SEC)は、リブラがETF(上場投資信託)に該当しないか調査中で、もし該当することとなればリブラの発行にはSECの許可が必要となると言っている。

また、アメリカ上院では16日から、下院では17日からリブラ問題に関するフェイスブックへの公聴会が開催されることとなっているほか、17日~18日にフランスのシャンティイで開かれるG7財務相・中央銀行総裁会議でもリブラの問題が議論されることとなっており、リブラの前途には多くの壁が立ちはだかりつつある。

おそらくリブラは来年予定通りの発行はできず、アメリカ政府等によって潰されるだろう。運よく潰されなかったとしても、規制でがんじがらめにされて、全く使い勝手の悪い小規模のものとなるではなかろうか。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト