企業の業況の悪いときにこそ経営支援するのが銀行の理念的責務だとして、支援できるためには、銀行は融資先企業の生きた経営実態を把握できなければならない。実は、銀行は、決して潰しませんと顧客に確約をすること、即ち経営支援を確約することによって、企業経営の生きた実態を知り得るようになるのである。この理屈は、銀行と債務者である企業との関係を、医師と患者との関係に比較して考えれば、すぐにわかることである。
債務者である企業は、銀行との円滑な関係を維持できるように行動する傾向をもつ。つまり、業況について、改善は積極的に銀行に伝えても、悪化は覚られないようにするであろう。これでは、銀行は適切なときに適切な支援をしようとしても、きっかけを得ることができない。
銀行が適切に業況を判断し、適切な支援の方法を工夫できるためには、業況の悪化について債務者が早期に相談に来ればいいのだが、融資条件等の不利益な変更を予想する債務者は、決して、そうはしないであろう。
それに対して、患者は、最適な治療を得るために、体の悪いところを包み隠さずに医師に報告する。それは、最適な治療の提供が医師の職業上の義務として確約されているからである。同様に、債務者が悪いところを包み隠さずに銀行に報告するためには、銀行として、債務者に支援が確約されていなければならないのである。
もちろん、テクノロジーの活用で、債務者の状況を把握することも可能であろう。例えば、融資先企業の日々の膨大な取引実態の解析から、業況の変調の先行指標を取り出すことは、技術的に可能のように思える。医療に喩えれば、患者からの積極的な情報提供がなくとも、高度な検診技術のもとでは、的確に体の変調を突き止め、早期に最適な治療を施すことも可能になるのであろう。
しかし、医療の根本にあるのは、医師と患者との間の信頼関係であり、患者の生きることへの強い意志である。こうした心的なものがなければ、テクノロジーによって正しく病因が突き止められ、適切な治療方法が発見されても、患者は治療を受け入れないであろう。
同様に、企業経営の基礎にあるのは、働く人、取引先、そして何よりも、経営者なのであって、それらの人の心抜きには、また、銀行と債務者である企業との間の信頼関係抜きには、いかなる支援策も有効には機能し得ない。
銀行は収益事業として支援を行うのだから、厳格な金融規律のもとで、一切の支援を打ち切らなければならない局面もある。医療においても治療し得ない場面があるのと同じだ。しかし、医師が最善を尽くしたといえる限り、患者も遺族も納得できるのであって、治療の確約は成就したのである。銀行が最善を尽くしたといえる限り、支援し得なかったとしても、経営者も従業員も納得できるのであって、支援の確約は成就したのである。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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