読者と深く関わることを志向する新興メディア 伊ジャーナリズム祭報告

(新聞通信調査会発行が発行する「メディア展望」6月号掲載の筆者記事に補足しました。)

毎年イタリア・ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」が今年は4月3日から7日まで行われ、世界各地からやってきた学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などで賑わった。

もともとは地域活性化の一環として始まり、今年は約650人のスピーカー(女性は49%)が約280のセッションで熱弁をふるった。運営費用はフェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織、そしてペルージャがあるウンブリア州地域の自治体などが提供した。

ハンガリーとメディアの寡占化

まずは報道の自由を扱った数多くのセッションの中から、欧州の中でも「典型的なポピュリズムの国」と言われるハンガリーの例を紹介したい。

反移民・難民、「キリスト教文化の維持」を前面に掲げるオルバン首相による強権政治が行われているハンガリー。首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は下院議席の3分の2を占める。これを活用して、政権は司法権の縮小やメディア規制に力を注いできた。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

「ハンガリー:非リベラルな民主主義のメディア」と題するセッションの中で、3年前まで左派系最大手の新聞「ネープサバッチャーグ」の元副編集長で、今は調査報道のサイト「HVG」の編集長マートン・ゲーゲリー氏が体験を語った。

ネープサバッチャーグ紙の突然の廃刊は、2016年10月。その理由は、政権の強硬な反移民政策を批判したためと言われている。

マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)

3年前、ネープサバッチャーグを含む5大主要紙の中で、3紙は政権に批判的で、2紙は政権寄りだったが、今は3紙のみとなったという。「2紙は政権寄りで、1紙は批判的だが、部分的には政権に妥協している」

「政権に批判的なメディアが存在するからこそ、権力にプレッシャーを与えることができる」。しかし、メディアの大部分が政権を支持していれば、「国民は何がよくて何が悪いかを見極めることができなくなる」。

ハンガリーのシンクタンク「メディア・データ・社会センター」のディレクター、マリウス・ドラゴミル氏は「メディア・キャプチャー(メディアの寡占化)」という言葉を使って、ハンガリーの状況を説明した。

「まず法律を変えて、メディアの規制体制を築く。次に、公共メディアを政府の支配下に置く。いずれの場合も組織のトップに政権に近い人物を配置する。民間の場合は政府寄りの人物あるいは企業に買収させるか、閉鎖に追い込む。最後に、公的資金を政権寄りのメディアにつぎ込む」。これで事実上の「寡占化」となる。

翻って、日本はどうか。自民党の一党支配体制が長く続き、野党政権発足の可能性はほとんどない。「忖度」の害悪も指摘されている。メディアの権力批判は十分に機能しているだろうか。ハンガリーの話を聞きながら、日本のことが心配になって来た。

読者と深い関係を持つメディア

セッションを回る中で、メディアの規模の大小にかかわらず、読者との関係を深めることで信頼感を高め、収入に結びつけようとする動きが目に付いた。

欧州数か国で発行されている英字新聞「ローカル」のスウェーデン版の編集者エマ・ロフグレン氏は、「購読料はお金の行き来だが、会員制は関係性を築くことを意味する」という。「サイトのクリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、読者の生活に関わりが強いトピックを取り上げることに力を入れている。読者の意見を取り入れて新聞の方向性を決めている」。

リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli)

最近会員制を取り入れたばかりというインドのクインティリオン・メディアは、読者を市民記者として使うという。インドの山間地帯にはリポーターが入っていきにくい場所があり、市民記者は「現場で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす」(リタ・カプールCEO)。

ファクトチェックにも読者が参加する。インドではメッセージ・サービス「ワッツアップ」を通してフェイクニュースが広がっているが、ワッツアップによる通信は暗号化されるため、利用者同士以外は通信内容にアクセスできない。そこで、ワッツアップ内でどんな噂が広がっているかを読者に聞き、フェイクニュース拡散の防止を試みている。

リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)

デンマーク発の新興メディア「ゼットランド」は知的レベルが高い人向けの会員制電子新聞だ。広告は入れていない。「会員の利便を図ることを最優先している」(リー・コースガード編集長)。毎日、ポッドキャストでの情報発信やニュースレターの配信をするものの、オリジナルで出す記事は1日に2本ほど。読者が「これで読み終えた」という達成感を持てるようにと、あえて本数を抑えている。

ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいというリクエストである。現在、サイト利用の65%がオーディオ(音声で聞く)になっている。

また、 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。コースガード編集長は、「場所や時間帯に制限されず、人々が情報にアクセスするようになった今こそ、人が一堂に集まり、同じ話を一緒に聞くことが新鮮な体験になっている」という。

ゼットランドのように、ジャーナリスト、作家、アーチストなどを舞台に上がらせ、そこで「ストーリーを語る」=「ライブ・ジャーナリズム」が、欧州各国で広がっているようだ。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズム

ジャーナリズム祭のセッションの中に、フランスの黄色いベスト運動を分析するセッションがあり、この中のパネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)がライブ・ジャーナリズムを実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営していた。2014年創業。

4月9日、ライブ・マガジンによる英国での最初の試みとして、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。

ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂を使い、10人ほどのジャーナリストが、舞台の右端の椅子に並んで座る。左端にはピアノが1台。

著名コラムニストなどが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上昇すれば、声も上がるなど)というアトラクションも。

笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

チケット代は35ポンド(約5000円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンドぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。英国ではまだ発展途中という感じがした。

地方ジャーナリズムの支援策

上記以外には、公的助成金を使って地方のジャーナリズムを活性化させる試み(米ニュージャージー州)、英BBCと地方紙との共同作業(BBCが地方紙に記者を派遣。記者は地方議会、警察、裁判所を取材し、その内容を提携する複数の地方メディアと共有する)、寄付金やフィランソロピーによるメディアへの財政支援(ゲイツ財団やロックフェラー財団による英ガーディアン紙への支援、米起業家クレイグ・ニューマークによる大型寄付)などが、ペルージャ・ジャーナリズム祭で取り上げられた。

メディア環境が激変する中、報道機関を支えていくにはどうするか。世界各地で知恵を絞る人々がいることを実感した数日間だった。

日本でも、地域活性化の1つとして国際ジャーナリズム祭が開催できないものだろうか。


編集部より;この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2019年7月15日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。