SMAPという「芸能バブル」の崩壊

池田 信夫

公正取引委員会がジャニーズ事務所に、元SMAPのメンバーのうち事務所から独立した3人(稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾)の出演について民放に圧力をかけたとして「注意」した。これは行政処分ではないが、公取委が芸能界にこういう注意をするのは初めてだ。

元SMAPの3人はAbemaTVに出演(番組サイトより:編集部)

しかし注意に終わったのは、圧力をかけた証拠が見つからなかったからだろう。それは当然だ。日ごろジャニーズ事務所と出演交渉しているテレビ局なら、彼らを出演させたら他のジャニーズタレントの出演交渉がむずかしくなることは自明だから、事務所が証拠として残るような書面を出す必要はない。

テレビ局の中でも「独立した3人は地上波では使わないように」という指示はあっただろうが、テレビ朝日の出資しているAbemaTVでは使っている。このへんの線引きについても、事務所側と合意しているだろう。

そもそもSMAPというグループが売れた原因は実力ではない。大人5人集まってコーラスもできない貧弱なタレントが売れたのは、ジャニーズ事務所のたくみな営業による芸能バブルだから、独立したら崩壊し、民放が出入り禁止にするのは(3人には気の毒だが)当然だ。

SMAPと比べるのはおこがましいが、私にも似たような経験がある。昔はテレビ局も新聞社も取材に来たが、2002年に国会で地デジについてのNHKの脅迫状が問題になったあと、ぷっつり取材に来なくなった。

その後も朝日新聞は「波取り記者」が定期的に取材に来たし、毎日や日経もたまには取材にきたが、掲載されなかった。そして電話取材もゼロになったのが読売新聞と日本テレビだ。これは口頭の申し合わせではなく、出入り禁止にする人物のブラックリストが文書としてあると思われる。

SMAPほど目立つ人物でない場合は、こういうブラックリストがあるはずだ(NHKには昔ホワイトリストがあった)。公取委が強制捜査でジャニーズ事務所のPCを押収したら、ブラックリストが出てくるかもしれないが、任意の調査では今回のような注意が限界だろう。

それもジャニー喜多川氏が死去してからやっと出てくるのは、事務所の政治力の強さをうかがわせる。SMAPというバブルは崩壊したが、ジャニーズ事務所というバブルは崩壊していないわけだ。

このバブルは合理的である。芸能事務所は多くの芸能人の中から1%以下のタレントを見出して育てるビジネスなので、売れたタレントが独立すると収益が維持できない。テレビ局もバブルの輪から1社だけ抜けても利益を得られない。

こういう自己実現的な均衡という意味のバブルは世の中にたくさんあり、崩壊するとは限らない。そのほとんどはSMAPのように無害なので崩壊しても大した問題ではないが、通貨や国債のように社会を維持するバブルが崩壊すると大変なことになる。

問題はマスコミがこういうバブルの同調圧力に弱く、民放も系列の新聞社も報道を自粛することだ。3人の番組は2019年3月にすべて打ち切られたが、この問題についてマスコミが報じたのは、今回の公取委の注意が初めてだ。

電波利権や新聞の軽減税率がマスコミで批判を受けないのも、これが原因だ。特に読売グループの結束が強い原因は「主筆」だろう。彼が生きている限り、この自粛バブルは崩壊しないと思う。