下請法と独占禁止法:芸能事務所と芸能人の関係で考える

2019年07月24日 18:01

芸能事務所(マネジメント会社)と芸能人の仕事のやりとりとお金の払い方にはいくつものバリエーションがあるだろう。個々の仕事を切り取ってみると、ある仕事(イベント、テレビ出演等)をとってきた芸能事務所が個々のタレントにその仕事をふり、それに対して報酬を支払うということになるが、その報酬は固定型のもの、歩合型のものさまざまだろう。

AbemaTVより

固定であっても歩合であっても、事務所側が強ければ固定報酬は抑えられ、歩合といってもほとんどを事務所側が持っていってしまう。事務所所属のための登録料だけとって、オーディション等の情報提供はするが後は個々のタレントに自由に任せるという形態もあるかもしれない。タレントと出演先とを「つなぐ」、仲介者のようなビジネスもあるだろう。お金のやりとりも様々だろう。

極端な話、芸能事務所の数だけ契約のバリエーションがあるといってもよい。個々の事務所の芸能マネジメント契約が具体的にどのようになっているのか、筆者にはわかりかねる。

闇営業問題を発端にした「吉本」のケースでは、そもそも契約書のない、文書でのやりとりがないなどと批判されているが、それだけ事務所とタレントの関係が(とりあえずいろいろなものをごっちゃに押し込む、という意味で)「どんぶり」的だということなのだろう。

さすがに事務所がテレビ局などから仕事を受けるときは、テレビ局側のコンプライアンスが厳しいのでどんぶりということはなかろうが、事務所内部では曖昧にされているところが多いのだろう。「真っ当な契約社会ではあり得ない」というコメントが多いが、この業界はもしかしたらこの令和の時代に昭和の感覚で居続けているのかもしれない(ただ、移籍制限や兼業禁止などの「制限的」な取り決めに関しては、文書(念書)の形で残すようなところもあるのだろう)。

事務所とタレントの間には優越的地位に立つ側と立たれる側に分かれることが多いので、独占禁止法上の優越的地位濫用規制違反の温床になりやすい(売れっ子タレントは別だし、場合によっては逆の関係になる場合もあるかもしれない)。条件が揃えば下請法(下請代金支払遅延等防止法)の問題にもなるだろう。その点については、アゴラにおいて、郷原信郎弁護士の論考「『吉本興業と芸人の取引』は下請法違反」が鋭い問題意識を提示している。

下請法には親事業者性についての形式要件がある。下請する側が1000万円以下の資本金又は個人の場合は、親事業者が資本金1000万円超であることがその適用対象となっている。吉本興業ホールディングス株式会社のウェブサイトを見ると、ホールディングスの資本金は1億円、子会社の吉本興業株式会社は資本金1000万円となっている。

吉本興業株式会社自体が親事業者の場合は形式上、下請法の適用対象外だが、仮に下請法2条9項のいわゆる「トンネル会社規制」の対象となれば、下請法は適用される。仮に直接の発注者が資本金の形式要件を満たさなくても、当該発注がその発注者を支配する事業者からの再委託なのであれば、「再委託をする事業者は親事業者と、再委託を受ける事業者は下請事業者とみなす」とされている。吉本興業株式会社が敢えて資本金を1000万円ぴったりにしていることを考えれば、その辺のコンプライアンスを意識してそうしたのであろうという推測はできるが、実態は不明である。

立法論的にはこのトンネル規制の仕組み作りは甘かった、という指摘はあり得よう。持ち株会社形態の会社の場合、子会社はその実態として企業内の一部門のようなもので、それを分社化したものが多い。子会社が仕事を取れるのは、統括である持ち株会社への信用があるからである。

つまり、完全子会社のような場合には下請法上親会社と子会社とを同視する「みなし」規定を作っておくべきだったという意見はあるだろう。まさに、「トンネル規制のトンネル」のようなものだ。

より強調しておきたいのは、下請法は独占禁止法の優越的地位濫用規制の補完的立法である、ということである。下請法の各規制は、優越的地位濫用規制違反の予防規制という性格を有する。「優越的地位」の認定等で一定の時間を要するなど、下請事業者の利益を保護する観点に立てば機動力が欠ける等の問題があることから、独占禁止法の違反事件処理手続とは別の簡易な手続が必要であるとの要請の下、1956年に独占禁止法の補完法として下請法が制定されている。

下請法違反該当行為がそもそもの優越的地位濫用規制に抵触するならば、後者の適用を否定するものではない。下請法8条では、親事業者が公正取引委員会の勧告に従わない場合の独占禁止法に基づく排除措置命令や課徴金納付命令について明記されている。

ましてや資本金等の要件から下請法が適用されないケースにおいては、独占禁止法がダイレクトに適用されることになる。資本金云々の関係は「優越的地位」等の認定をスキップする意味を持つが、「優越的地位」等の認定が容易なのであれば独占禁止法の適用に当たって当局側のハードルは高くない。

筆者も過去のブログで引用した公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会」報告書公表の前後から今に至るまで、様々な場面で芸能事務所と所属タレントの関係が取り沙汰されており、公正取引委員会側も着々と準備を進めていることだろう。資本金が小さいかどうかはもはや無関係だ。

立場の優越性というのは相対的なものであって資本金で決まるものでは必ずしもない。そもそも業務委託契約かどうかなどという形式論も関係ない。独占禁止法2条9項5号は、「その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」を射程としている。業界の慣行がそうなっているかは関係ない。それが公正な取引秩序に反するかが問題だ。

契約書も文書もない、そんなどんぶり感覚の中、タレントに不利な内容の契約を押し付けるようなことが仮にあるのであれば、それは下請法にとってもど真ん中の違反であると同時に、優越的地位濫用規制の格好のターゲットでもある。

もし資本金1000万円だから大丈夫、という発想があったならば、そのコンプライアンス感覚は極めて危うい。親会社、子会社間で委託、再委託という関係があれば下請法の射程となる見込みが大きくなるが、そうでなかったからといって問題がないという訳には行かない。持ち株会社形態と少額資本金とをうまく組み合わせることで下請法の射程外としようという「意図」があるのであれば、公正な取引秩序に対するある種の挑戦といえ、その悪質性を独占禁止法は見逃さないだろう。

資本金の形式を整えれば大丈夫という結論には決して至らないのである。下請法には確かに穴があるのかもしれないが、独占禁止法という「守護神」が後ろに控えていることを忘れてはならない。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。

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楠 茂樹
上智大学法学部国際関係法学科教授

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