PTSD患者の心に潜む深い傷跡

心の傷は体の外傷よりも深く、時には快癒されない場合がある。相手の心を傷つけた人はナイフで相手の体を傷つけたよりも深い痛みを与えることがある。偶然にも、オーストリアの最大部数を占めるクローネン紙の日曜版(8月11日)と独週刊誌シュピーゲル(8月3日号)には心的外傷後ストレス障害(PTSD、Post Traumatic Stress Disorder)に罹った人の体験談が報じられていた。

クローネン日曜版では交通事故で愛する人を失った遺族の女性、事故で半身不随となった犠牲者、そして事故を誘発した加害者の3者のそれぞれの心の痛みを記述していた。後者ではドイツ連邦軍所属の2人の兵士のPTSD治療の現状が報告されていた。

独連邦軍の予備軍(独連邦軍公式サイトから)

PTSD患者は精神的療法を受け、心に潜む事故当時の悪夢(トラウマ)とそれによってもたらされた心の葛藤を解きほぐそうと懸命に努力する。ただし、PTSDの場合、完全に治癒されたといった状態は考えられない。トラウマが軽減したとしても、いつ、どこで再発するか本人も医者も分からないからだ。突然、トラウマが戻ってくる(Flashback)。

戦地から家庭に戻った兵士は通常の日常生活に適応できなくなる。悪夢、睡眠不足、攻撃性、欝などの症状がみられる。スイッチが切れているテレビの前で何時間も画面を見ているといった状況もみられる。心はトラウマが生じた時の現場に戻り、痛みを感じている状況が繰り返されるのだ。アフガンに7年間駐留していた1人の兵士はPTSDが原因で2度、離婚している。

独連邦軍の情報によると、2011年から17年の間に1300人以上のPTSD患者が登録された。昨年は1875人がPTSD治療を受けている。ただし、正確な統計はないという。どれだけの兵士がPTSDに悩み、回復したかは不明だからだ。

2009年、アフガニスタンの治安維持のために設立された国際治安支援部隊(ISAF)に派遣された兵士の2%にPTSDの症状がみられたという。PTSDから自殺に追い込まれたケースが5件報告されている。ただし、退役後の自殺件数はそこには含まれていない。2013年の独連邦軍の調査によると、紛争地に派遣された兵士は不安症候群やアゴラ・フォビア(広場恐怖)に罹るケースが多い。彼らは通常の国民より喫煙や飲酒に溺れるケースが多いという。

シュピーゲル誌は2人の独連邦軍兵士の心の葛藤を綴っている。1人の兵士は「動くものは全て撃てと命令されていた。何人の人間を殺したか分からないほど撃ち続けた」と証言している。アフガニスタンで子供が武器をもって自分のところに近づいてきた。武器を持っている以上、射殺しないと自分が危ないから、撃った。後でその子供は見つけた武器を兵士に手渡そうとして近づいてきただけだったことが分かって、子供を殺したという自責の念でその後、苦しみ続ける。もう1人の兵士は同僚を戦死させたのは自分ではないか、と悩み続ける。

ちなみに、イラク戦争、アフガン戦争の米帰還兵の多くはPTSDに悩まされて、日常生活に復帰できずに葛藤する。妻や子供たちと談笑していても、彼らの心は戦地にあった。その1人は、「自宅、路上、周囲に置かれたゴミ袋を見る度に、その中に爆弾が仕掛けられているのではないかと考える」と証言している(「アメリカン・スナイパーは英雄か」2015年2月26日参考)。

戦地の話だけではない。クローネン日曜版には交通事故で自分のせいで相手を殺してしまった青年の話が載っていた。彼はその後、欝に陥り、仕事を失い、自殺の衝動に駆られることもあったという。

PTSDに悩まされている独連邦軍の兵士は目下、EMDR療法を定期的に受けている。EMDRとは、Eye Movement Desensitization and Reprocessingの略で、眼球運動による脱感作と再処理療法を意味する。米国で開発された新しい治療技法で、特にPTSDに効果があるといわれている。

医者は治療中、患者にPTSDを誘発した出来事について問い続ける。患者は過去の心の痛みとなった出来事を思い出す。眼球運動を通じ、脳内のブロックを解除し、患者のトラウマを再処理することで患者の痛みを軽減させるわけだ。問題は、患者のトラウマを再現させるわけだから、悪魔を呼び起こすことにもなり、患者に一定のリスクが出てくる場合が考えられる。

クローネン日曜版のインタビューの中で、著名なトラウマ治療医のラインハルト・ピチラー氏は、「心理治療だけでは十分ではない。トラウマ治療が欠かせられない。その点、EMDRは効果はある」と述べているが、心と体がもたらすPTSDの全容は依然解明されていないのが現状だ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月13日の記事に一部加筆。