「統一朝鮮」が実現しない本当の理由

加藤 成一

歴代韓国大統領の「統一朝鮮」への夢と挫折

韓国文在寅大統領は8月5日、日本の輸出規制強化措置に対抗して、大統領府での首席補佐官会議で、「北朝鮮との南北経済協力で平和経済が実現すれば、我々は一気に日本の優位に追いつくことができる。」(8月6日付け産経新聞)と述べた。将来の「統一朝鮮」を目指す意思を示したものと言えよう。

韓国大統領府Facebookより:編集部

第二次世界大戦後、朝鮮戦争を経て、「分断国家」の悲哀を実感してきた歴代韓国大統領は、朴槿恵前大統領を含め、異口同音に「統一朝鮮」について語り、夢想してきた。文在寅大統領とて同じである。その心情は日本人としても良く理解できる。

しかし、戦後、70数年が経過しても、いまだ「統一朝鮮」が実現するに至らず夢は挫折し、その具体的なプロセスや糸口すら見えないのが冷徹な現実である。

北朝鮮の「主体思想」が最大の障害

「統一朝鮮」が実現しない最大の障害は、北朝鮮の「主体思想」である。

「主体思想」は、金日成主席が提唱した北朝鮮及び朝鮮労働党の政治思想であり、マルクス・レーニン主義を北朝鮮の現実に創造的に適用し、朝鮮人民が国家開発の主人公であり、国家には強力な軍事力と国家資源が必要であると説かれ、「思想における主体」「政治における自主」「経済における自立」「国防における自衛」の確立を目指す立場が「主体思想」であるとされる。1972年の憲法改正で、マルクス・レーニン主義に代わり、「主体思想」が公式の国家思想と位置付けられた。

要するに、「主体思想」は「北朝鮮共産主義思想」であり、金日成主席を絶対化する「個人崇拝」のイデオロギーとして、共産主義独裁政権に対する一切の批判を排除し、その後の金正日政権、金正恩政権に継承されている。

北朝鮮は正統性の根拠である「主体思想」を放棄しない

北朝鮮にとっては、「統一朝鮮」の実現のために、金日成主席以来の国家の根本思想である「主体思想」を放棄することはあり得ない。なぜなら、「主体思想」は、金正恩政権の正統性を担保する唯一の思想的政治的根拠であり、核心的利益であるから、これを放棄することは、政権の崩壊を意味する自殺行為に他ならないからである。

同じことは韓国についても言える。韓国は自由民主主義政治体制であるが、「統一朝鮮」の実現のために、国家の根本思想である「自由民主主義思想」を放棄して、「北朝鮮共産主義思想」である「主体思想」を受け入れることは到底あり得ないであろう。

仮に、これらの南北のイデオロギー的政治的障害を克服するための「一国二制度」では、真の「統一朝鮮」とは言えないのである。

韓国の経済力を非常に恐れる北朝鮮

8月16日、「北朝鮮で南北関係を担当する祖国平和統一委員会の報道官は、韓国と再び対座することはないとの立場を示した。韓国文在寅大統領は8月15日、2045年までに朝鮮半島の和平と統一を目指すと表明し北朝鮮に対話を呼びかけたが、これを拒否した形である」(ソウル16日ロイター)と報道された。

現在の韓国のGDPはロシアのGDPに匹敵し、2018年の名目国民総所得は北朝鮮の実に52倍である(韓国中央銀行発表)。北朝鮮はこのような韓国の経済力を非常に恐れており、北朝鮮が「統一」を拒否する理由は、北朝鮮が韓国と統一すれば、たちまち韓国の経済力に飲み込まれて、金正恩政権自体が消滅することを恐れるからである。

したがって、金正恩政権がそのような「統一」を望むことはあり得ない。現在の極端な南北経済格差を考えると、北朝鮮が韓国に対抗できる唯一の手段としては「核兵器」しかない。この点からも、北朝鮮が米朝交渉において「核兵器」を放棄することはあり得ないのである。

北朝鮮が生きる道は日朝国交正常化しかない

このように、北朝鮮が、国家の根本思想であり、金正恩政権の正統性を担保する「主体思想」を放棄せず、且つ極端な南北の経済格差により、「統一朝鮮」を実現できないとすれば、北朝鮮の残された生きる道は、日本との国交正常化しかない。

2002年9月17日の「日朝ピョンヤン宣言」に基づき、1965年の日韓請求権協定と同様な補償を日本から受けることができ、さらに日本の資本・技術・知財の導入による飛躍的な経済発展の可能性が開かれるからである。

よって、韓国と北朝鮮はイデオロギー及び政治制度においてまさに「水と油」であるため、「統一朝鮮」は実現不可能であり、北朝鮮の残された生きる道は、日本との国交正常化による経済発展しかない。ただし、上記宣言に基づく拉致問題の解決と「核兵器」の放棄が条件である。

加藤 成一(かとう  せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
外交安全保障研究。神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生修了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。