GSOMIA破棄:文在寅「革命」は韓国をどこに連れていくのか①

松川 るい

GSOMIA破棄を韓国が決定。ついにここまで来てしまったか(行ってしまったか)と暗澹たる気持ちになる。

GSOMIA破棄を決定した韓国の国家安全保障会議(韓国大統領府Facebookより)

韓国は、今後とも、「我々の側」(日米)にいるのか、それとも、将来的には、南北統一を前提に「大陸の側」(中国)に元っていくのか、ますますわからなくなった(後者の可能性が結構高い)と思うからだ。もちろん、単に、「北朝鮮についてはもはや日米韓はない」という限定的なメッセージに過ぎない、とか、日本を排除して、「南北朝鮮プラス米国」を想定しているのかもしれないが、実際問題、日本との協力を抜いて、東アジアの安全保障体制やインド太平洋戦略を実施することは難しいので、意図はともかく、解決ができないまま時間がたてば、結果的には、韓国は米国の陣営の中では相当、あちら側に近い存在となっていく可能性が高い。

GSOMIAは、日韓の軍事機密情報共有を可能とする協定であるが、実際問題は、北朝鮮の軍事機密情報を日米韓でリアルタイムで同時に共有する上で有用であることから、日米韓の安保協力の象徴のような存在である。したがって、その破棄は、実質もさることながら、対外的に日米韓安保協力の綻びを印象付けるという意味で深刻である。また、日米韓のみならず、韓国が、米国の要望も聞き入れなかったということであり、米国の威信の陰りを示すのみならず、米韓同盟にも悪影響を及ぼすだろう。

したがって、韓国にとって、北朝鮮を短期的脅威、中国を中長期的脅威と考えるのであれば、GSOMIA破棄は、韓国自身の安全保障上の利益に反する行動である。韓国が合理的行動をとったと捉えるのであれば、韓国は北朝鮮も中国も長期的には脅威とならないと考えていることになる。そうでないなら、韓国は非合理的行動を取ったということになる。

Wikipediaより:編集部

いずれにせよ、今回のニュースを聞いて一番喜んでいるのは、中国だろう。東アジアにおける米国の影響力の低下を感じさせるからである。折しも、「中国版GPS網が米国を抜いて世界最大に」など米中の冷戦の勝者は米国ではないのではないかと思わせるようなニュースも出てきている。

北朝鮮は、喜ぶと同時に、文在寅大統領が南主導の南北統一(北朝鮮にとっては最悪の事態)を真剣に考えているのではないかと心中複雑なのではないかとも推察する。

今回のGSOMIA破棄決定は、文在寅大統領のイニシアティブだろう。GSOMIA破棄は、安全保障のプロや外交のプロの発想からは当然には出てこない(「個別部署ではなく政府全体の判断」というカンギョンファ長官の発言も「私は賛成じゃなかったんだけど」的ニュアンス)。北朝鮮を韓国に対する脅威と考えるのであれば、日本以上に韓国自身の安全保障にとっての不利益となるからである。

韓国のメディア論調も延長ありの想定であったし、最近会った与党系(共に民主党系)の元議員達との言説からも、「GSOMIAは米国との関係もあるので維持されるに決まっているので心配するな」との見解が圧倒的であり、文在寅大統領が、国内世論に抗せざるを得なかったという状況では全くない。むしろ、国内世論もGSOMIAは気に入らないけど延長でもしょうがないよね、という論調の中、文大統領が国民の予想に反してGSOMIA破棄を決定したのである。今後、韓国世論がどうなっていくのか注視していきたいと思う。

韓国大統領府インスタグラムより:編集部

それでは、文在寅大統領は、何を考えたのか。

単純に考えれば、「日本も安全保障上の措置というなら、日本のホワイト国外し決定に対する対抗措置として、安保分野のGSOMIA破棄をして、米国及び日本に対して圧力をかけ、ホワイト国外しを撤回させるため」とか、「日本の暴挙に対して、韓国の意地を見せる」といったところであろう。韓国としては、GSOMIAは、日本が望むから締結したのであって韓国としては嫌々締結したものだという認識だ。

韓国も利益を得るのにおかしな話だが、韓国は、日本との安保分野の協力には過去の歴史から強いリザベーションが元々ある。私が韓国に赴任していた2012年頃にも、ほぼ締結寸前にいったが、日韓関係の雰囲気が悪く直前で頓挫した記憶がある。ようやくパククネ政権の最後の最後になって成立した。

韓国は、日本の輸出管理運用見直しの意味するところをわかっている。要するに、信頼関係が崩れた結果「韓国はもう日本にとっての特別な友達ではない」ということである(普通の友達ということ)。自分が信頼関係を崩しておいて逆切れするところは理解しがたいが、「もう私のこと信頼できないっていうなら、GSOMIAも無理だよね」という韓国式の逆切れなのだ。

また、韓国は往々にして、というか特に日本絡みのことについては、戦略的判断よりも感情とか「正義」を優先しがちなので、今回もその一例という見方もできる。2回も特使も送ったし、8月15日の光復節でも文大統領からは、対話を日本に対して呼びかけたのに日本側が反応しなかったことが原因という指摘もある。

もともと、韓国の一連の一方的な反日行為で日韓関係を崖下に落としたわけで、特に深刻な旧朝鮮半島出身労働者問題については日本からの協議・仲裁要請を無視しておいて、何を言っているのだろう、と日本人は思うわけだが、お互い自分がやった行為については軽く考えがちということは言えるのかもしれない。これがスタンダードな見方だろう。

それと二律背反なわけではなく、むしろ両立するものであるが、私は、文大統領自身の長期アジェンダが大きく影響していると考えている。すなわち、日本の輸出管理運用見直しを奇貨として、自分の長期的アジェンダである、①南北統一と②積弊清算(親日派清算、社会の主流派を保守派から左派革新に変更すること)の双方を推進するつもりなのだろうということである。

光復節で演説する文大統領(大統領府Facebookより:編集部)

文大統領が8月5日に「平和経済(南北統一)で日本を超える」と言い出し、翌日には日本の輸出管理運用見直しを理由に(一体何の関係が?)、公務員に対する監視を強化すると発表した時から、ずっと文大統領の真の意図について懸念していた。

今回のGSOMIA破棄については、予想外だったという声が多いが、私は8月5日の彼の声明を聞いた時から、GSOMIA破棄は、韓国政府関係部局的にはないが「文大統領的には」ありなのではないかと疑っていた。

文在寅大統領の「南北統一して日本に対抗しよう」という趣旨の発言に、単なる来年の国会議員選挙や政権浮揚だけではなく、韓国を本質的に変質させて反日を結節点としての南北統一国家の誕生を予期しているかのように思え、「韓国は一体どこに行くのだろう(連れていかれるのだろう)」と桁違いの懸念を覚えたのだ(杞憂であることを未だに願っている)。

15日の光復節の抑制的演説も、これは、対外世論戦の一貫ではないかと思ったぐらいだ(世界の目から見て、「韓国の方が理性的で悪いのは日本」と見えるような状況を作るため)。短期的には韓国に不利益であっても、南北統一のためであれば、日本を「敵」にして様々な統一のために必要なアジェンダをこなすことは合理的行動であり、統一朝鮮となるのであれば、いずれにせよ米国からも一定の距離を置くこととなるのだから、そのきっかけを自分で作るより日本のせいにしてしまう方が負担が少ない、というのは合理的行動である。

反日の統一朝鮮というのは日本としては是非とも避けたい最悪の事態であり、また、その時の韓国がどのような韓国になっているかを想像すると、余り一般の韓国国民にとっても幸せとも思えない。善良な韓国の一般国民はそんな文大統領の「意図」には気づかないまま、ピュアな気持ちで不買運動に参加しているのだろうが、少なくとも文在寅大統領にとっては、「反日」は真の野望のための一石二鳥のスケープゴートという面があるのではないだろうか。

もっとも、先般会った韓国の元議員の中にも、「日本の『報復』は、嫌韓を利用して憲法改正をするための日本の野望なのではないか」と真顔で聞いてきた人もいるので、お互い疑心暗鬼になっているだけなのかもしれないけれど。

いずれにせよ、数年前から、北極海航路を念頭において、対馬防衛の重要性を訴えてきたが、ここに韓国の要素も加わることになる。我々は対馬をもっと重視するべきだ。国境も防衛線も対馬なのだ。

文在寅大統領は、「左のトランプ」ともいうべき存在であり、決して侮ってはいけない。北朝鮮からミサイルを連射されようと、ひどい言説で貶められようと、全くぶれることなく一貫して南北融和(南北統一)を進めようとしてきた。

最近になって、北朝鮮が韓国に対して「米朝に勝手にしゃしゃり出てくるな」といった厳しい言説を繰り広げているのは、北朝鮮が南主導の半島統一を恐れている(嫌悪している)からだろう。GSOMIA破棄も、日米韓協力の綻びや米韓同盟の弱体化につながるという意味では、北朝鮮は大歓迎であろうが、韓国の南北統一コールには複雑な気持ちだろう。

朝鮮中央通信より:編集部

金正恩委員長はリアリストである。「民族の夢」などよりも、北朝鮮、というより金王朝の存続の方が大事だ。無論、北主導の統一ならウェルカムだが、南北融和は行き過ぎると諸刃の剣だとわかっているのだ。北朝鮮国民が豊かな韓国と自由に行き来できるようになったら、どのようなことが起こるかわからない。

北朝鮮からすれば、核兵器やミサイルを温存したまま米国との関係を正常化し、金王朝と北朝鮮の安全と経済的繁栄を実現することが優先事項なのだ。韓国の存在価値は、短期的には、この金正恩のアジェンダにどう貢献できるかという観点から測られるに過ぎない。

戦後74年、世界は冷戦、米国一極集中の時代(パックス・アメリカーナ)を経て、中国の台頭により米中角逐というか米中冷戦に入った。世界的にみても、米中関係、香港情勢、イランを巡る情勢、北朝鮮の核問題、英国のEU離脱など、国際社会の潮流を変えるような大きな動きが目白押しだ。過去の「力の時代」に回帰したように思う。そのような中で、日韓関係は、65年の国家間関係開始以来、はじめてといっても良い次元の違うレベルの危機に直面しており、関係そのものが大きな再調整のプロセスに入った。

文在寅大統領という特異な革命家の大統領の存在自体が要因の一つではあるが、日本側も、もはや韓国を韓国であるという理由だけで特別扱いすることは止めたということが大きい。

今後日本はどうすべきか。

いろいろ頭をよぎるが、考えあぐねていて、これという具体的提案はまだできない。それは、ひとえに短期的な関係改善策が中長期体な方向性を変えることになるかどうか自信がないからだ。

つまり、直近でいえば、最悪の事態を避けるためには、文在寅大統領が来年の国会議員選挙で大勝利するような事態は是非さけるべきである。したがって、文大統領が支持率アップに使えそうな材料を与えることは止めた方が良い。そのことだけを考えた場合にやるべきことと、中長期的に韓国がどこに向かうかを想定した場合に取るべき行動とが同じかどうかわからないということである。

外出の用があるので、一旦、ここまでとして、続きはまた書きます。尻切れトンボでごめんなさい。

松川 るい   参議院議員(自由民主党  大阪選挙区)
1971年生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。条約局法規課、アジア大洋州局地域政策課、軍縮代表部(スイス)一等書記官、国際情報統括官(インテリジェンス部門)組織首席事務官、日中韓協力事務局事務局次長(大韓民国)、総合外交政策局女性参画推進室長を歴任。2016年に外務省を退職し、同年の参議院議員選挙で初当選。公式サイトツイッター「@Matsukawa_Rui


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2019年8月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。