日韓GSOMIA、訪印など

石破 茂 です。

官邸サイトより:編集部

韓国政府によるGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄により、日韓関係は問題解決の見込みの全く立たない状態に陥ってしまいましたが、日本にも、韓国にも、「このままでよいはずがない、何とか解決して、かつての小渕恵三総理・金大中大統領時代のような良好な関係を取り戻したい」と思っている人は少なからずいるはずです。

防衛庁長官在任中、アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)でシンガポールを訪問し、リ・クアンユー首相(当時)と会談した際、親日家の同首相は日星安全保障協力の重要性について語った後、私に「ところで貴大臣は日本がシンガポールを占領した時のことをどれほど知っているか」と尋ねました。歴史の教科書程度の知識しか持っていなかった私に対し、同首相は少し悲しそうな表情で「更に学んでもらいたい」と述べました。意外に思うとともに、自分の不勉強を恥じたことでした。

毎年8月8日、シンガポールのマレーシアからの独立(1965年)を祝う独立記念日になると「許そう、しかし忘れない(Forgive, but never forget)」という同首相の言葉が多くメディアに登場するそうです。この言葉は、第二次大戦後に東欧諸国がドイツと和解する際にも用いられたと聞いていますが、国や民族同士の和解には膨大な時間と労力がかかるものです。

シンガポールと韓国とは歴史も、民族性も、宗教観も全く異なるので同一に論じることは勿論出来ませんが、日本と朝鮮半島の歴史、特に明治維新後の両国関係を学ぶことの必要性を強く感じています。日韓関係については、前回ご紹介した碩学、故小室直樹博士の「韓国の悲劇」が最も読みやすく、戦争を知っている世代の韓国論としては、「月刊日本」9月号の西原春夫元早大総長の論考も示唆に富むものでした。

我が国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にあり、それが今日様々な形で表面化しているように思われます。これは国体の護持と密接不可分であったため、諸般の事情をすべて呑み込んだ形で戦後日本は歩んできたのですし、多くの成功も収めましたが、ニュルンベルグ裁判とは別に戦争責任を自らの手で明らかにしたドイツとの違いは認識しなくてはならないと考えます(政府自体がヒトラーの自決によって不存在となったドイツとは当然異なることも考慮した上で、です)。17日にNHKで放映された「拝謁記」における昭和天皇様と田島道治初代宮内庁長官とのやり取りを、畏れ多くも複雑な感慨を持って視たことでした。

国会開会中のように一日中予定が詰まっていたわけではないのですが、今年のお盆も年中行事であるお初盆参りの他に、講演や選挙応援などの日程がバラバラと分散して入ってしまい、結局纏まったお休みも取れないままに過ぎてしまいました。新幹線や飛行機で移動していると、スーツなど着ているのは私一人だけという有り様で、楽しそうなご家族連れの中でとても違和感がありました。オフの取り方や過ごし方を完全に忘れてしまったようで、これは本当に不味いなと思います。

19日日曜日、川村伸浩・岩手県議会議員の集会で花巻市を訪問いたしました。集会前に少しだけ時間に余裕があったので、昭和のデパート大食堂を市民の手で復活させた「マルカンビル大食堂」を覗いてみたのですが、メニューも、サービスも、ウエイトレスさんの装いも昭和テイストがそのまま残っており、実に味わい深いものでした。

昭和30年代から40年代にかけて育った我々の世代にとって、デパートの大食堂と屋上の遊園地はまさに非日常の憧れの場であり(私にとっては鳥取大丸)、お子様ランチのオムライスの上に載った小さな日の丸の旗を大切に持ち帰って、家で作ったオムライスの上に載せて喜んでいたものでした。

日本中でこのような食堂が残っているのはおそらくごく僅かだと思いますが、これが市民の手で復活したというのが実に素晴らしいと思います。看板メニューの10段重ねソフトクリーム230円、ナポリカツ780円の他、メニューは100品以上あるようで、ショーケースを見るだけでもワクワクします。花巻市は宮沢賢治や新渡戸稲造の出身地でもありますが、「注文の多い料理店」の拝金主義批判や、国際連盟初代事務次長を務めた新渡戸稲造の国際感覚には今も不滅の価値がありますし、花巻温泉の素晴らしさも特筆ものです。是非一度お出かけくださいませ。

21日水曜日は、講演と懇親会で岐阜県飛騨市に行って参りました。人口3万人足らずの小さなまちですが、ユネスコ文化遺産に登録された「古川まつり」、泉鏡花の幻想的小説「高野聖」や中河与一の純愛小説「天の夕顔」の舞台となった「天生(あもう)湿原」「山之村」、飛騨牛・飛騨蕎麦・朴葉味噌などの名産、白真弓・蓬莱・飛騨娘等の銘酒、最先端科学技術のスーパーカミオカンデ、廃線となった路線にディーゼルカー「おくひだ号」が年三回復活運転し、レールマウンテンバイク「ガッタンゴー」が走る旧神岡鉄道等々、他にないこの地だけの魅力に溢れたまちでした。東京からは北陸新幹線で富山まで行き、そこから高山線の特急に乗って飛騨古川で下車となります。これもぜひお訪ねいただきたいと思います。

何だか「夏休みの日記」風になってしまいました。ご容赦くださいませ。

25日日曜日からはオイスカ(OISCA、Organization For Industrial, Spiritual and Cultural Advancement)議員連盟の会長としてインドにおけるプロジェクト視察のため訪印いたします。インドは防衛庁長官や自民党外交調査会事務局長当時に首都デリーを含め何度か行ったことがあるのですが、バラナシ(ワーラーナシー)へ行くのは初めてです。実り多い旅となることを期待しています。

来週は8月も最終週となります。
残暑厳しき折、皆様お元気でお過ごしくださいませ。


編集部より:この記事は、衆議院議員の石破茂氏(鳥取1区、自由民主党)のオフィシャルブログ 2019年8月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は『石破茂オフィシャルブログ』をご覧ください。