日本の歪んだ投資信託の構造

2019年10月08日 11:30

日本の投資信託は歴史的に証券会社の事業として始まったので、現在に至るも販売会社主導の色彩が著しく強い。

画像:123RF

運用会社は、販売会社を介して、もしくは自己自身により、投資家を募る。運用会社は委託者として集めた資金を受託者である信託会社に信託する。この信託によって投資家は受益者となる。これが日本の投資信託の法律関係である。

しかしながら、実質的な意味においては、投資家は販売会社を経由して運用会社に資金を信託し、運用会社は、それを形式的な意味で信託会社に委託者として信託しているわけである。

日本の投資信託の法律構造では、形式的な受託者にすぎない信託会社は事務管理を行い、形式的な委託者である運用会社は実質的な信託の受託者としての機能と責任を負う。つまり、受託者としての責任は、信託会社の形式的なものと運用会社の実質的なものとに二分しているわけである。ただし、これをもって責任を厚くしたものとみることはできない。責任の連帯による強化よりも、責任の曖昧化となっている側面を否定し得ないのみならず、事務の二重化の非効率を招いているだけの可能性が高い。

また、より本質的な論点は販売会社の役割である。歴史的にも、今日の現実においても、事業の構造として、投資家との接点を支配している販売会社が自己の営業政策に基づいて商品企画を行い、その実行のために運用会社をもち込んでいるわけである。あるいは、実質的に同じことだが、運用会社は、販売会社の営業政策に基づいて商品企画を行い、運用商品を販売会社にもち込んでいるのだ。

故に、もしも、この投資信託の実態を認めるならば、実質的な意味において、販売会社の責任を投資信託の責任関係の中核に据えなければならない。しかし、それも、おかしなことで、やはり、本来あるべき投資信託の姿を確立し、現実を理想に近づけるほうが素直でまともな考え方である。

つまり、販売会社主導のあり方を廃し、運用会社は自己の責任において商品企画をし、投資家を募る手段として販売会社を統制して使う、そのような運用会社主導の構造にしなくてはならない。また、信託会社は、全体の責任関係の中枢として、運用会社が担っている業務のうち運用以外のものについて、信託の受託者の責任、もしくは事務受託会社の責任のもとで担われるように、責任の配賦の合理化に努めるべきである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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