グレタをチクリと刺したプーチンに多くの大人は内心快哉?

高橋 克己

ロシア紙スプートニク日本語版が5日、「プーチン大統領、環境活動家グレタ・トゥーンベリさんへの賞賛に共感せず」との記事を載せた。この件ではモスクワ発共同も4日に「プーチン大統領に皮肉?グレタさん、ツイッターで」と報じたが、両紙を読み比べ、だいぶ趣が違うなあ、との感を持った。

国連YouTubeと露大統領府HPより:編集部

というのも共同の記事は、表題が物語るように前者が触れていないグレタの反応に重きを置いているからだ。ご丁寧にトランプの「明るく素晴らしい未来を楽しみにしているとても幸せな少女のようだ」発言に対するグレタの反応まで載せている。つまり、共同はあくまでグレタが主役ということだ。

両化石燃料大国の癖のあるトップがこの生意気な小娘に一言いたい気持ちは良く解る。だが、グレタも負けずにツイッターのプロフィール変更で対抗だ。対トランプでは「明るく素晴らしい未来を楽しみにしているとても幸せな少女」、対プーチンでは「優しいが知識の乏しい10代」という具合に。

既にいっぱしの闘士の風格だ。そこで両紙の報道から今回のプーチン発言を繋げるとこうなる。

皆さんを落胆させるかも知れないが、私はグレタさんのスピーチへの賞賛に共感できない。環境問題を含めた今日の深刻な問題に注意を傾けるのは正しいが、子どもや10代の若者を自身の利益のために利用するのは非難に値する。現代の世界が複雑で多様であることを誰もグレタに教えていない。グレタは優しくて誠実な少女だと確信しているが、大人は未成年者が極端な状況に陥らないように全力を尽くすべきだ。

このプーチン発言が「ロシアエネルギーウィークフォーラムの総会」という場での発言だったことにはニュースバリューがあると思うが、共同は触れていない。ではグレタの国連気候行動サミットでの発言も見てみよう。これも各紙の報道から発言要旨を繋げてみた。

大人はお金と永遠の経済成長というおとぎ話を追い求め対策を怠ってきた。結果が降りかかる子供たちはあなた方の裏切りに気づき始めている。将来世代の目はあなた方を見ている。もし我々を失望させる道を選べば絶対に許さない。この問題から逃がさない。あなた方が好むと好まざるとに関わらず世界は目覚め、変化はやってくる。

こうして両方を読むとプーチン発言は真っ当と判る。一つにはグレタへの称賛が、ここ何年も一人で抗議を続けてきたのは買うにしても、そもそも16歳の少女だからこそであって、大のおとなが何年も一人で座り込んでこの程度のことを言ったところで「馬鹿ですか?」と思われるのが落ちだからだ。

では今回の「国連気候行動サミット」の趣旨を見てみよう。国連広報センターのサイトは先ず、温室効果ガス排出量が記録的な水準に達した結果、気候変動の影響は全世界で見受けられ、人々の生活に変化を及ぼしていて、気候変動は国民経済を混乱させ、今だけでなく将来にも更に大きなコストをもたらすと書く。

そして、よりクリーンで強靭な経済へと一気に移行することを可能にする手頃で拡張可能な解決策もあることが判ってきていて、すぐに行動を起こせば12年以内に炭素排出量を削減し、世界の平均気温上昇を産業革命前に比べ2°Cよりもはるかに低く、場合によっては1.5°Cの水準にまで抑えられることが判っているとする。

その手頃で拡張可能な解決策とは、事実上、すべての経済大国で最も安価な新規大量電力の供給源となっている太陽光と陸上風力であり、化石燃料主導型の経済よりも低コストでエネルギーを供給しているのだそうだ。果たして本当だろうか?と思うのだが、構わずこう続く。

私たちは根本的な変革を進めなければならず、そのためには、化石燃料や高排出型農業への補助金を廃止し、再生可能エネルギーや電気自動車、気候変動対応型の手法にシフトする必要があり、石炭火力発電所の閉鎖を加速し、新規発電所の建設を取りやめると共に、より健全な代替産業で雇用を置換し、変革を公正で包摂的な収益の上がるものとしなければならない、と。

極めて具体的だが、「太陽光と陸上風力」が「化石燃料主導型の経済よりも低コストでエネルギーを供給して」いるなら、なぜそれが100%に「一気に移行」しないのだろうか? その理由を国際環境経済研究所の主席研究員が「再エネで脱炭素化は幻想である」という論文に書いている。

メディア等では太陽光、風力といった再エネの普及は目ざましく、近年最も投資が進んでいる発電設備は再エネ投資であるとか、欧州の一部の国では既に再エネ発電比率が3割を超えており、また日によっては総電力の100%を再エネで賄うケースが発生したとか、途上国では再エネのコストが従来型の火力発電コストを下回りグリッドパリティが実現している、といった記事も散見される

上記のようなエピソードと合わせて「世界の電源の26.5%が既に非化石電源によって賄われている」という「事実」を並べて紹介すれば、いかにも太陽光、風力といったブームになっている再エネが世界で既に「主力電源化」しているような印象を与える。しかし、実際には図1(右)に見られるようにこの26.5%の非化石電源のうち16.4%は伝統的な水力発電によるもので、風力、太陽光のシェアはそれぞれ5.6%1.9%と、合わせても7.5%に留まる(残りはバイオマス、地熱等)。

だからと言って筆者は気候変動への取り組みを否定する訳ではない。そうはなくて、プーチンの言うように「現代の世界」には「環境問題」を「若者を自身の利益のために利用する」ような「複雑で多様」な現実があると言いたいだけだ。これがプーチン発言を真っ当と思う2つ目の理由だ。

国連サイトは「気候変動は国民経済を混乱させ、今だけでなく将来にも更に大きなコストをもたらす」とも書く。だがこれと同じ様に、脱炭素社会を実現するための取り組みにも「国民経済を混乱させ、今だけでなく将来にも更に大きなコスト」が必要なことを忘れてはならない。

国際エネルギー機関(IEA)は、パリ協定の目標に沿って地球の平均気温の上昇を抑制する前提で電力部門を脱炭素化するには2016年~2050年までに約990兆円が、また、建物、産業、運輸の3部門の省エネを達成するには、2016年~2050年に330兆円程度の追加投資が必要と試算している(参照:NTTファシリティーズ)。

ただし「より健全な代替産業で雇用を置換し、変革を公正で包摂的な、収益の上がるものとしなければなりません」と国連が言うように、脱炭素化が1320兆円のビジネスチャンスであることには誰も異論はあるまい。だが、そこにも「若者を自身の利益のために利用する」輩が蠢いているに違いない。

筆者は、この問題の解決に私財をつぎ込むビル・ゲイツの生き方と、太陽光発電などを私財を増やす道具としか考えていないように見える孫正義の生き方とを比べることが、その辺りを測る一つの物差しになると考えている。

ゲイツが関与するファンドは、蓄電池、太陽光発電、地熱、バイオ、核融合などの新技術開発企業に投資を行っているが、「2019年は、米国が原子力発電技術の研究において再度世界をリードする必要があることを訴えたい」とゲイツは述べ、「気候変動への対処には、大規模に24時間発電可能な唯一のエネルギーである原子力が理想的であり、事故のリスクは技術革新により克服可能だ」とその理由を説明している。(参照:「WEDGE」山本隆三常葉大教授

実に地に足がついていると思う。原発の脱炭素レベルは再エネ同等だし、既存原発の寿命が来たら同所に再設置すれば、再エネに付きまとう接続コストも不要だ。研究開発や導入に同額を投じる場合、再エネを50%にするよりも、格段に安全な原発や核廃棄物処理を実現する方がより確実ではなかろうか。

環境問題には、脱炭素化に最も有効かつ現実的な原発がイデオロギー塗れの非科学的で感情的な活動家に妨げられているという現状があり、また廃プラ処理に最も有効なサーマルリサイクルが脱炭素化に逆行するという、あちら立てればこちら立たずになる二律背反の課題が付き纏う。

この辺りの優先順位をどう考えるのか、感情を排したグレタのご高説をぜひお聞きしたいものだ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。