元国交省職員として言いたい!緊急放流に至るギリギリの判断

加藤 拓磨

一部議員でも錯覚。緊急放流は危険を回避するための方法だ」で緊急放流について、一般的な概念についてご説明させていただきました。

しかし緊急放流に対するネガティブな情報が蔓延るため、改めて記述します。
本文は上述の掲載内容を理解した上でお読みいただいた方がよろしいかと思います。

美和ダムの分派堰「三峰堰」(Wikipedia)

NHKによると緊急放流を行ったのは、▽茨城県北茨城市にある大北川の水沼ダム、▽茨城県常陸太田市にある久慈川の竜神ダム、▽栃木県那須塩原市にある那珂川の塩原ダム、▽神奈川県相模原市にある相模川の城山ダム、▽福島県いわき市にある鮫川の高柴ダム、▽長野県伊那市にある天竜川の美和ダムの6つのダムです。

このうち美和ダムは、国交省直轄ダムでデータ入手が容易なため、今回の豪雨に対してどのようなオペレーションが行われたのか、データを基に紹介したいと思います。

国土交通省水文水質データベースで、“観測所諸元からの検索”などから美和ダムを検索すれば、テキストデータを入手できます。

使用したデータは1時間当たりの流域平均雨量、流入量、放流量、貯水率です。

美和ダムのお知らせをみると2019.10.13に「美和ダムは10月12日21時30分から行っていました異常洪水時防災操作を13日1時に終了しました!」と明記してあり、いわゆる緊急放流の期間がわかります。

美和ダムの目的は洪水調節、利水(かんがい用水・発電)となっています。かんがい用水とは、稲作などの農業に必要な水です。

かんがいの時期は一般的に、田植えが始まる4月頃から稲刈りの9月頃までで、美和ダムも10月1日から、かんがい利水容量は確保しないことになっています。10月は通常ならば洪水の起こりにくい時期ということで、発電のみにダムを使用することとなっています。

ここでは取り扱いませんが台風前の運用をみると電力需要が高まる日中に放流していることがわかります。

それでは、下図に今回の台風15号が襲来したときのダムの状況について時系列に示しました。

データを基に作者が作成

貯水率は、台風襲来前に発電放流で、10%程度であり、当初から低い状態でした。流域平均雨量とはダム湖の流入量に関係があると考えられるエリアの平均雨量を示します。

台風の影響で大雨が降り、時間差で流入量が増えています。
この時間差はダム地点、雨の降り方、降雨前の土壌の乾燥状態などによって異なります。

この流入量はダム貯水率(厳密には貯水位)の時間変化から推定されます。
台風の影響により流入量を一気に増加し、貯水率も一気に増加します。

そのため放流量を一気に400㎥/sまで上昇させますが、おそらくそれ以上はダム下流に深刻な影響を及ぼす可能性があるため、400㎥/sの横ばいで放流をします。しかし400㎥/sでは貯水率100%以上になり、最悪、決壊ということも考えられます。

これだけの雨が降るとその後の流入量は予測できなかったと思われます。
そこで緊急放流に切り替えたと推測します。

緊急放流に切り替えると徐々に「流入量=放流量」としていきます。
しかし、運よく緊急放流に切り替えた直後に、流入量は一気に下がってきたために、結果的にはとんでもない放流量に上昇させることはなかったです。

緊急放流はダムの下流に影響を与えるため、事前に周知しておりますが、河川流域住民全員に対して、伝えることは不可能であるため、国交省職員はできるだけ避けたい運用であります。

他のダムの状況はわかりませんが、同じようにダムの貯水を睨みながら、非常に大変なオペレーションをしているはずです。

城山ダム(Wikipedia:編集部)

次に城山ダムです。

城山ダムは県ダムであるために上記の水文水質データベースにはありませんので、国土交通省川の防災情報のデータを用います。

こちらでは雨量データは掲載されていないため、ダム諸量のみで考察します。

神奈川県災害情報ポータルによると「城山ダムにおいて、10月12日(土)午後9時30分から緊急放流を開始しましたが、ダムに流入する水の量が減少してきましたので、13日(日)午前1時15分に緊急放流を終了しました。」とあります。

また城山ダム容量配分は下図です。
予備放流容量があり、洪水前にこの分を放流します。

下図はデータから作成した洪水期のダム諸量の時系列です。

予備放流で台風が来る前に水位を大きく下げ、洪水期に備えています。
美和ダム同様の運用で一定水位を超えないように緊急放流を開始します。

おそらく放流量は3000㎥/s以下にしたいところであるが、サーチャージ水位(洪水期満水位)をオーバーし、危険な状態になり、放流量を4500㎥/s程度まで上昇させました。そして緊急放流開始直後に流入量がピークを迎えて、一気に低下したために緊急放流を終了しました。

どちらのダムもギリギリの対応でありました。

政府批判のためにプロパガンダで使われている節がありますが、国土交通省職員の努力を冒涜するもので許さるべき暴挙であります。一度、科学的根拠が示され、さらに国民の治水に対する重要性の理解を得て、議論を進めていただきたいと思います。

加藤 拓磨   中野区議会議員
1979年東京都中野区生まれ。中央大学大学院理工学研究科 土木工学専攻、博士(工学)取得。国土交通省 国土技術政策総合研究所 河川研究部 研究官、一般財団法人国土技術研究センターで気候変動、ゲリラ豪雨、防災・減災の研究に従事。2015年中野区議選で初当選(現在2期目)。公式サイト