意義の大きいKRAS阻害剤開発!がん治療の歴史が動くか

Nature誌に「The clinical KRAS(G12C) inhibitor AMG510 drives anti-tumor immunity」という論文が掲載された。この薬剤はKRASタンパク質の12番目のアミノ酸がグリシンからシステインに代わっているものにだけ共有結合して、KRASタンパク質のがん促進機能を抑え込む性質があるとのことだ。臨床効果も示されている。

KRASは代表的がん遺伝子であり、この12番目のアミノ酸に加え、13番目、61番目のアミノ酸が他のアミノ酸に代わるような遺伝子異常が多くのがんで見出されている。すい臓がんでは95%、大腸がんでは40-50%の頻度でこの遺伝子の異常が報告されている。多くの人が誤解しているが、この12・13・61番目が異常を起こしやすいのではなく、この3つのアミノ酸に異常をきたした場合に、タンパク質ががん化につながる役割を持ってくる。異常は色々な場所で起こっているのだが、他の場所で起こっても、細胞の増殖を刺激する性質を持たないのだ。

また、少し難しいかもしれないが、この共有結合でタンパク質の働きを抑える薬剤というのはあまり多くない。多くの薬剤はタンパク質の重要な部分にくっついたり離れたりを繰り返しており、がん化につながる分子と競合しながら、重要なタンパク質(主に酵素)の働きを妨げている。この共有結合というのは、比較的がっちりと大事な部分に結合して、浮気もせず、くらいついてタンパク質の機能を抑えている。

KRASの異常が人のがんで見つかって、すでに40年近い時間が流れている。多くの研究者や企業がKRAS阻害剤を見つけようとしてきたが成功せず、失敗を繰り返してきた。その観点で、実際に臨床的に効果がある薬剤開発の意義は非常に大きい。一つのエポックと言っていい、

しかし、論文の後半部分は???だ。この薬剤で治療すると腫瘍部に、樹状細胞やTリンパ球が増えるのでタイトルに「anti-tumor immunity」と書かれているのだろう。しかし、臨床的効果があったケースでは、化学療法でも、放射線療法でも、そして、腫瘍に対する凍結療法でも(シカゴにいる時に、大阪大学の野々村教授のグループと一緒に報告している)、免疫の活性化は認められているし、よく知られている現象だ。いくら、免疫に注目が集まっているといえ、この切り口はよく知られていることで、新しいものではない。

商業雑誌は流行を追うのが常だが、Nature誌まで、こんな観点で取り上げるのは残念だ。

しかし、KRAS変異に対する特異的な薬剤開発は喜ばしいことだ!また、がん治療の歴史が大きく動くかもしれない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年11月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。