新聞業界は孫正義に“とどめ”をさされた:『2050年のメディア』

2019年11月17日 06:00

大言壮語な未来志向の本書のタイトルだが、中身はデジタルの舞台裏でうごめくアナログで泥臭い裏面史だ。読売新聞社とヤフージャパン、そして日経新聞社を軸にメディア業界の社内外の暗闘を描いている。ことに、朝日新聞よりネット対応に後ろ向きとの評判が絶えなかった読売のデジタル戦略の歴史はほとんど表に出ていなかっただけに、業界関係者の耳目を集めている。

日本のインターネット時代の本格到来は、ウィンドウズ95が上陸した1995年以降。日本の新聞の総発行部数は、その2年後5376万部のピークとなり、その後はネットにニュースの市場を侵食され、震災や人口減少等も追い打ちして2018年は4000万部を切るに至った。

日本のインターネットを牽引したYahoo!ポータルサイト

この約20年、特に前半はヤフーがニュースをポータル事業の中核に据えてから、日本国内のネット企業の王座に君臨しただけでなく、ヤフーニュース、ヤフートピックスが、既存メディアからニュースの流通市場の主役を奪ったことは周知の通りだ。しかし、ごくわずかとはいえ、新聞業界もヤフーに逆襲する千載一遇のチャンスはあった。

2000年代前半はいまのようにネットメディアが百花繚乱ではなく、ヤフーにニュースを供給するのは新聞が中心だった。新聞紙面の締め切りに合わせた記事のアップがまだ多かった時代、ヨミウリオンラインは当時としては速報記事にすぐれており、本書によれば、その頃はまだポータルサイトで盤石の地位を築く前だったヤフーは、読売からの記事配信を勝ち取って競合サイトに差をつけようと、読売を口説き落とすのに必死だった。

読売は、ヤフーから他社より特別な高値で配信契約をしたが、案の定、自らの首を絞めた。若者を中心に「ニュースはただで読むもの」という認識を広げ、部数を落とすだけだった。

そこで読売は起死回生の策に乗り出す。社長室次長の山口寿一氏(現読売新聞グループ本社社長)が主導し、朝日と日経を巻き込んで進めた前代未聞のポータルサイト構想。新聞業界最大手3社が組み、ヤフーから流通市場の覇権を奪回するのか注目された、この構想は3社の頭文字から通称、ANYと呼ばれ、2008年1月「あらたにす」として創刊する。

しかし、「あらたにす」は4年で頓挫する。紙離れの潮流が止まらなかったのはもちろんだが、新聞協会すべての加盟社が一致してヤフーと決別しても勝てるかどうかというところで、共同通信が加盟地方紙をネットワークしたサイト(現47NEWS)を立ち上げれば、ヤフーは、勝ち組3社に排除された負け組の毎日と産経にサーバーを提供するなどして引き留めに成功。そして、肝心の読売でも、山口氏が当時はまだ社内の全権を握る前のことで、ヤフーへの配信を止められないなど、業界全体のヤフー対応がちぐはぐだったことが致命的だった。

新聞業界がヤフーにテクノロジーで圧倒されたという見方は、時代の流れからして当然だが、新聞業界の劣勢を決めたのはそれだけではなかった。日本の新聞社は、経営と編集が分離したアメリカと異なり、ビジネス素人の記者上がりが社長を始め要職を占めるのが一般的だ。本書を読むと、ヤフー側と比べ、「営業力」でも負けていたことがわかる。

「あらたにす」が始まったあと、ヤフーが読売側をひきとめるために配信料の法外な値上げをしただけでない。これは本書の特ダネだが、ヤフーの親会社、ソフトバンクの孫正義社長が、当時の読売のナンバー2、内山斉グループ本社社長に直談判して押し切られたという。

そこまでに至る詳しい経緯や、著者がそう書き切る根拠などは本書を読んでいただければと思うが、この頃のソフトバンクは携帯電話事業やプロ野球への進出から数年で、今日ほどのワールドワイドな存在になるとは多くの人が想像もしなかった時代だ。とはいえ、一代の天才起業家の情熱的なトップセールスの迫力を前に、叩き上げのサラリーマン社長では勝負にならなかった。こうして読売、いや新聞にとって逆襲策として一縷の望みだった「あらたにす」は(間接的にではあるが)孫氏に“とどめ”をさされてしまった。

著者自身は文藝春秋で週刊文春記者などノンフィクション畑を歩き、アカデミズムに転じた異色の経歴。アメリカの調査報道に詳しいだけに、取材は緻密だが、リベラルな政治観からなのか、論調に関心がないからか、ヤフーニュース独自コンテンツの「左傾」「偏向」には言及がなく、そのあたりは不満が残る。

ただ、序盤の「ライントピックス」訴訟の舞台裏は、ネット草創期ならではの闘争劇でこちらも実に興味深い。ネットのニュースサービスが当たり前の時代を生きている若手のメディア業界人が試行錯誤の歴史を知る上で必読だろうが、その話はダイヤモンドオンラインの書評に譲ろう。

それにしてもヤフーとLINEの経営統合交渉が表面化した折、GAFAとの戦いを見据える両社の視界にもはや新聞業界の姿など消え失せて久しいようだ。時の経過を感じる。

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」

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