金正恩氏が文大統領を無視する理由

2019年12月27日 11:40

日本から2冊の本を送ってもらった。韓国でベストセラーとなった「反日種族主義」の日本語訳、もう一冊は元駐英北朝鮮大使館公使の太永浩著「北朝鮮外交秘録」だ。両書とも文芸春秋発行だ。左目の手術を受けた直後ということもあって、長時間読書はできないが、年末年始にかけてゆっくりと読んでいくことにした。

まだ読み終わってもいない段階だから、本について一般的な感想を書くつもりはない。完読後、ひょっとしたら別の感想をもつかもしれないが、興味があった箇所や気が付いた点を忘れないためにコラムにまとめた。

まず、「北朝鮮外交秘録」から読みだした。著者が脱北者で元駐英国大使館公使だったこともあって、欧州を舞台とした北外交の舞台裏が学べるのではないかと期待したからだ。目次を見ると、第1部第1章の最初の見出しが「金日成が指示した『ローマ教皇招聘計画』」だったこともあって、当方の関心をひいたからだ。

1990年代初め、ソ連が韓国と国交を締結し、中国も92年に韓国と国交を結ぶ時だ。外交的に孤立した北朝鮮の金日成主席は「ローマ教皇庁と接触することを考えていた。ローマ教皇が外国を訪れるたびに大歓迎される様子をニュースで見て、教皇ヨハネ・パウロ2世が北朝鮮にきてくれれば外交的な孤立を解消でるのではないかと期待したのだ」(18頁)という。そこでローマ教皇を平壌に招くために外務省内に常務組が組織され、著者もその一員として活動したという。

▲韓国の文在寅大統領とフランシスコ教皇(2018年10月18日、バチカンで、韓国大統領府公式サイトから)

▲韓国の文在寅大統領とフランシスコ教皇(2018年10月18日、バチカンで、韓国大統領府公式サイトから)

ところで、教皇招聘のために設置された常務組のメンバーの中には真剣に仕事に取り組まない者がいた。著者がそれとはなく聞くと、「金正日指導者同志が教皇の招請は難しいと判断を下されている。首領様がやれといわれるからここにいるだけだ」と答えている。北朝鮮の実権は当時、金日成から金正日に既に移っていたのだ。同時に、金正日は父親より外交世界に通じていたことが分かる。

北朝鮮はバチカンに使節団を派遣するが、そのために本当のカトリック信者を見つけ出さなければならない。そこで住民登録簿をひっくり返し、朝鮮戦争前まで信心深かったカトリック信者の一人のおばあさんのもとを訪ねていく箇所は面白い。

「今でも神を信じるのか」と聞くと、おばあさんは「首領様と労働党があるのに神を信じるとは何事か」と真顔で言い、党幹部を安心させた。そこで党幹部は「正直に話してもらって大丈夫だ。今でも神を信じている信者を探して、ローマ教皇庁に送る必要があって訊ねているのだ」と説明する。おばあさんはそこでようやく心を開き、「一度、心の中に入ってきた神様は決して離れない」と答えたというのだ。

北朝鮮のバチカン使節団に加わったおばあさんは教皇の前で信仰告白をする。労働党統戦部関係者は宗教の恐ろしさを感じ出す。教皇が訪朝すれば、国内でカトリック旋風が起こるだろうと懸念し出したのだ。最終的には、金日成の「教皇平壌招聘」の話は短期間で消えていった。

あれから30年余りが経過した。今度は自身がカトリック信者の韓国の文在寅大統領が昨年、平壌で開催された南北首脳会談で金正恩朝鮮労働党委員長からフランシスコ教皇招聘の要請を受けたとして、バチカン教皇庁にその旨を伝達した。教皇庁からは「正式の招待状が届いてから検討したい」という返答があっただけで、その後の展開はまったく聞かない。

韓国大統領府公式サイトより編集部引用

真相は、金正恩氏は父親の金正日総書記と同様、フランシスコ教皇の平壌訪問は難しいと知っていたが、文大統領の強い願いもあって「来るのならば歓迎するよ」と答えたのだろう。それを文大統領は「金正恩氏はフランシスコ教皇を招待した」と拡大解釈をし、昨年10月のバチカン訪問時にフランシスコ教皇を謁見し、その場で金正恩氏の平壌招聘の話を持ち出したわけだ。

「金正恩委員長がフランシスコ教皇を北朝鮮に招いた」というローマ発外電を読んだ金正恩氏は多分、笑い出しただろう。同時に、その時から文大統領への尊敬心は失せ、無視するようになったのではないか。

カトリック信者の文大統領は、かつて“東洋のエルサレム”と呼ばれた平壌にフランシスコ教皇の訪問を夢想するあまり、肝心の金正恩氏の真意を理解できなかった。同時に、北朝鮮が宗教弾圧ランクでは世界最悪の国であるという事実を忘れてしまっている(「法王の訪朝は何をもたらすか」2018年10月19日参考)。

大統領就任以来、反日外交を展開し、日本との関係を「戦後最悪の関係」にした文大統領が進める南北融和路線に対しても、金正恩氏は、願望とリアリティを冷静に使い分けできない政治家の“危なさ”を感じ出したはずだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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