ペテロの後継者、ローマ法王の外国訪問は基本的には司牧目的だ。訪問国の信者たちに会い、イエスの福音を伝え、激励し、現地の教会指導者と交流を深めることが目的だ。もちろん、ローマ法王は「バチカン市国」という名の国家の最高指導者であり、国家元首の立場でもあるので、訪問先の指導者と会見することになるが、それはあくまで付け足しに過ぎず、本来は信者たちとの会合が目的となる。
その観点からいえば、フランシスコ法王の北朝鮮訪問は司牧訪問とは言い難い。なぜならば、北朝鮮カトリック教会司教会議と呼ばれる組織は存在しないばかりか、法王がイエスの教えを直接伝える羊たち(信者たち)がいないからだ。
そもそも金正恩朝鮮労働党委員長の「法王訪朝招請」といっても、「ローマ法王がわが国を訪問したいのならば、歓迎する」と語ったもので、慎重に熟慮された後の招請発言ではない。
それでは羊飼いのローマ法王は羊たちのいない国を訪問して何をするのだろうか。ローマ法王が平壌を訪問するとなれば、金正恩委員長は即製の信者たちをかき集め、ローマ法王を歓迎するイベントを準備することは想像できるが、ローマ法王の前に北のカトリック教会指導者も羊たちもいないのだ。
もちろん、北にもキリスト者はいる。ただ、彼らは欧米教会で見られるような姿ではないだけだ。北のキリスト者たちも神を信じ、祈るが、教会で祈ることはないだろう。教会内で熱心に声を出して祈る信者の姿をみたら、彼らは動員された官製信者に過ぎないと受け取って間違いないだろう。
北のクリスチャンは激しい労働の後、眠るようにしながら祈る。平壌市内にも外国訪問者向けの教会があるが、そこは北のクリスチャンたちが祈る教会ではない。
国際キリスト教宣教団体「オープン・ドアーズ」が毎年公表する「宗教の自由度」リストでは北朝鮮は世界最悪の宗教弾圧国だ。数十万人の信者がいま、この時にも政治収容所にいる。治安部隊に発見されないために、一般の信者たちは地下教会で祈るが、そこには聖書も讃美歌の本もない。見すぼらしい家屋で声を出さずに祈り、声を出さずに賛美歌を歌うのだ(「北のクリスチャンの『祈り方』」2015年9月21日参考)。
北の現状を考えると、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」と地下教会に分かれている中国のキリスト信者たちの状況の方がまだ恵まれているといわざるを得ない。彼らには少なくとも祈れる教会がある。
はっきりとしている点は、フランシスコ法王が平壌に足を踏み入れたとしても、ローマ法王の平壌訪問を知って集まってくる信者たちはいないことだ。マニラ訪問で600万人の信者を前に野外ミサをしたフランシスコ法王にとって見たことがない風景が眼前に広がるだろう。平壌市民の誰もが地下教会の住所を知らない。
フランシスコ法王は金正恩氏に会って、何を話すのだろうか。どうか聞いてほしい。地下教会はどこですか、と。神に祈っている私の信者たちはどこにいるのですか、と。平壌市内にある観光地の教会に案内され、そこに座っている紳士淑女の姿がひょっとしたら目撃できるかもしれないが、彼らはフランシスコ法王を見ても何の感動も引き起こさない信者たちだろう(「『東洋のエルサレム』から法王招請」2018年10月11日参考)。
それでもローマ法王の訪朝に意義があるだろうか。たとえ象徴的な意味以上ではないとしても、凍結した北朝鮮の国民に「あなた方は忘れられていない」というメッセージを送ることができれば、ローマ法王の訪朝には価値がある、というべきかもしれない。
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韓国の文在寅大統領は18日正午(現地時間)、バチカンでローマ法王フランシスコを表敬訪問した。文大統領はフランシスコ法王に金正恩氏からの訪朝招請の旨を伝達した。
聯合ニュースによると、ローマ法王フランシスコは「北朝鮮から公式の招待状がくれば無条件に返答するし、行くことができる」と話したという。韓国青瓦台(大統領府)が明らかにした。
なお、故金正日総書記は2000年に当時の法王ヨハネ・パウロ2世を平壌に招待したが、法王の訪朝は実現しなかったという。
フランシスコ法王の訪朝が決まれば、韓国から法王の訪朝記念ミサに参加を希望する信者たちが溢れることが予想される。その際、金正恩氏が韓国からのキリスト者の訪朝を認めるかは不明だ。
フランシスコ法王は2014年8月、アジア地域の最初の訪問先として韓国を訪問している。
ちなみに、文大統領は17日午後、バチカンのナンバー2、パロリン国務長官が執り行う「朝鮮半島の平和のためのミサ」に参加し、ミサ終了後、その場で約10分間の記念演説を行った。文大統領は、「朝鮮半島での終戦宣言と平和協定の締結は、地球上の最後の冷戦体制を解体することだ」とし、「必ず南北分断を克服する」と決意を表明し、ローマ法王に朝鮮半島の再統一のために協力を要請した。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。