政党法制定で「日本共産党」問題の解決を

2020年01月17日 06:00

左派=容共、右派=避共 

少し遡る話題だが、この年末年始、アゴラでは日本共産党論争が過熱した。

共産党公式YouTubeより

ネット広しといえど日本共産党についてここまで白熱した議論をするサイトはない。まさに「言論アリーナ」たるアゴラの本領発揮といったところだろうか。

日本共産党を巡っては戦後、左派は右派の「反共」を拒絶し、「容共」姿勢を貫いた。左派には日本共産党を非合法化(結社禁止)するという発想は全くなかった。今もない。右派は一応、反共を掲げ日本共産党の打倒を目指したがそれもせいぜい岸信介内閣までで、それ以降は同党の打倒は目指さなかった。

同時期に反共を掲げた西ドイツ・韓国(軍事政権時代)が共産党を非合法化したのに比べれば日本の右派の反共はとても反共とは言えない。せいぜい国政レベルでの共産党政権成立の阻止であり、反共ではなく「非共」いや、共産党政権を避けていたから「避共」という表現の方が正確である。

整理すれば戦後、左派は容共で右派が避共だったと言える。

要するに左右両派ともに日本共産党への姿勢は中途半端だったのである。左派は日本共産党との対決を渋り、それどころか社会党左派のようにある意味「共産党以上に共産党的」勢力が幅を利かせたため社会民主主義勢力が育たず、日本共産党に社会民主主義的な部分を奪われ同党が地方で一大勢力を築くことを許してしまった。

右派は反共と自らを偽り続け「日本共産党対策」を名目に部落解放同盟の過剰な運動を黙認したり、大韓民国民団と連携、一部は朝鮮総連とも交流した結果、いわゆる「えせ同和」や在日コリアンによる地方参政権要求運動、間接的ではあるが北朝鮮系活動家の対日工作を招いてしまった。

左右両派の日本共産党への中途半端な姿勢が日本共産党はもちろん、それどころ本来、整理が必要な社会勢力の延命を招いてしまったと言える。 

体質と政策への警戒 

日本共産党が民主的手法で議席を獲得している以上、同党を頭ごなしに否定することは許されない。当然、非合法化も許されない。時折、日本共産党の非合法化を主張する者もいるが、非合法化の具体的なイメージはほとんどないように思われる。

現在でも日本共産党は暴力革命を行う意思があるのかもしれないが、その能力については疑問である。国会・官邸前デモには警戒が必要だが、これは日本共産党に限った話ではない。

アゴラで掲載された各種論文を見ても日本共産党への警戒は暴力革命ではなくその体質と政策と思われる。

前者は民主集中制という独裁的体質であり、これを国政レベルで行われたら大問題である。もちろん日本国憲法は独裁を認めていないが、例えば警察人事への介入を背景に日本共産党系活動家による威圧行動の監視・規制を緩めることもできるし日本共産党は野党の現在でも「不自然」なほど行政の内部文書を入手しているから同党が政権与党になった場合、行政情報が日本共産党に「筒抜け」になってしまうのではないかと考えるのは自然なことだろう。もちろんこの行政情報には個人情報も含まれる。

だから日本共産党が政権与党になった場合、ある日、突然、正体不明な活動家が我々とその家族のプライベート空間に侵入してくることは決して夢想とはいえまい。

そしてこうした手法を繰り返して日本共産党は独裁を目指すのではないかと考えることは少し警戒心が強すぎるだろうか。

また、政策についてはよく知られているように日本共産党は天皇制度と自衛隊の廃止を目指している。これについて多言は不要だろう。

政党法制定で日本共産党問題の解決を

政党である以上、何を主張しようがそれは自由である。しかし、政党だからこそ、責任ある主張が求められる。

日本は自由民主主義国家であり、今後ともこれは維持しなくてはならない。これを否定する要素がある政党はやはり問題があるし、政策については自衛隊の廃止はひとつの主張ではあるが、国民の安全を害する無責任な主張に他ならない。

自由民主主義国家の政党である以上、少なくとも日本共産党は民主的で国民の安全に責任を持つ政党でなくてはならないし、それを求めることは政党への不当な要求・干渉ではない。

筆者は以前、この観点からいわゆる「政党法」の制定を主張した(参照拙稿:日本共産党の「牙」の抜き方)。

日本共産党対策として必要なことは非現実的な非合法化や暴力革命の危険性を国民に訴えることではなく日本共産党にたとえ野党であっても責任を課すことである。

野党は単なる私的サークルではない。国政を担う可能性のある公的団体である。

そして政党法は野党に責任を課す手段であり日本国憲法下でも制定できる法律である。

具体的には政党法で政党を定義し「党内民主主義の確保と自衛隊容認」の義務を課すことである。

そしてこの義務に反する政治勢力は「政党」と認めず国会・選挙活動面でなんらかのペナルティを与えるべきである。

「党内民主主義の確保と自衛隊容認」程度の義務は政党への不当な干渉とは言えず、自由民主主義国家の政党としての必要最小限の義務を課すに過ぎない。

難しいのは天皇制度への姿勢である。政党が天皇制度の廃止を主張することは禁止できないが天皇制度が1500年以上続く歴史的制度であることを考えれば、政党に天皇制度の尊重の「努力義務」程度は求めても良いかもしれない。

もちろん天皇制度に触れなくても政党に法的に「党内民主主義の確保と自衛隊容認」の義務を課すだけでも日本共産党は変革を避けられないと思われる。

少し想像を膨らませることを許されるならば政党の法的義務に「集団的自衛権の行使容認」を追加すれば今の日本の全野党を「正常化」させることもできる。

論を戻すが日本共産党に対して求められる姿勢は同党を頭ごなしに否定・拒絶することではなくあくまで「変革をただす」「危険性を除去する」「毒を抜く」「牙を抜く」という姿勢である。どうだろうか。

高山 貴男(たかやま たかお)地方公務員

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