和服ぐらし、10年。

和服のひとになって10年がたちました。
政府のクールジャパン会議で、ファッションも対象とする議論となった際、「んなこと言ってもみんなスーツじゃないか」と発言してしまったぼくに、「じゃオマエがなれ」とブーメランが返り、スーツ蝶ネクタイから変身したのが始まりです。

いつも和服のひと、ということで去年NHK「美の壺」から「キモノ男子の巻」に出演依頼がありました。
え、茶道や華道の師匠や歌舞伎役者など、和の本業のかたがおられるでしょうに。
「いや、そういう人たちも普段は洋服なんです。いつも和服って、アンタか門川京都市長ぐらいなんですよ。」

じいさんは西陣の木工職人でしたんで、和服は身近ではありましたが、正月に着る程度でした。
切り替えてからは毎日。
でも寝る時はパジャマ。
波平さんの反対です。
逆波平であります。

たくさん買いました。
ほぼ全て、古着をネットで。
昔の旦那衆が手放しているんですかね。
うまく探せば、袖を通していないとおぼしき品が新品価格の数十分の一で手に入るのです。
スーツ1着買うなら10着ぐらい買えちゃう。
値上がりせぬよう、詳しくは教えませんが。

ただ、糸が古いので、あちこち綻びます。
暮らしが洋になったので、ドアノブやらヘリやらに引っ掛けましてね。
週に一度は縫い物。
教授会ではいつも何か繕っています。
ぼくは小学校で家庭科が一番得意でした。
それが今、役立っています。
先生、ありがとう。

足元はブーツです。
東京では無反応ですが、京都では見知らぬオッサンから
「ちゃんとせえ」
と叱られます。
竜馬のコスプレですやん。
応えようものなら、
「田舎もんの真似せんとけ」
と叱られます。
京都、こわ。

うるさいんですよね、和服て、ルールが。
6月まで裏は袷、6月初めはヒトエ、みたいな。
大島は普段着で、略礼には御召だとか。
そんなこと言うてるさかいみんな着んようになって。
昔もっとユルかった思うんです。
かぶいたはったと思うんです。
ぼくらも気楽に行きましょ。

和服は異物なんですよね、日本では。
パリでも、ロンドンでも、NYでも、和服でいてもさほど注目されません。
アフリカやアラブやインド、民族衣装のかたがたと同列で、街に溶け込みます。
日本では「今日は何かありますのか?」「お茶の師匠ですか?」
意味を問われます。

ちかごろ韓国や中国に呼ばれた際、安全が保証できないからと、洋服を推奨されることがあります。
それなら、行かない。
西洋ならよいというのは複雑なものがあります。

日本でも面倒なことがあります。
霞が関界隈を歩いていると、警備のおまわりさんに止められて、誰何されるんです。
羽織ハカマ男は不審につき。
官邸の会議に出向く時など、官邸にたどり着くまでに何度も路上チェックです。
いや、こっちのほうが正式衣装っぽくないですか?

偉そうなことは言えません。
和服着てるだけのことですから。
口に入れるのは和食と焼酎が中心ですけど、他に和のことをしているわけじゃなく。
茶道、華道、書道、詩吟、舞い、将棋、そんなことしているわけじゃなく。

ぼくにできること、何かありますかね。
落語、ぐらいですかね。
弟子入りしますかね。
そのときは、月亭がええな。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2020年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。