シュリンクフレーションでの新しい価値(例・歯科の新材料)

2020年02月05日 06:00

先日投稿したシュリンクフレーションの記事はツイッター上でも多くシェアされ、世論喚起の一助になったと実感している。

足元で既に始まっているインフレに社会はどう向き合うか

しかしその解決策や今後の展望に関して、前回の記事では一般論に終始することとなった。そこで今回は私もその一員である歯科業界で、良い解決に至ったと思える事例を挙げたいと思う。

acworks/写真AC

今回扱うのはCAD/CAM冠という2017年12月に保険適応となった被せ物で、従来銀歯しか保険適応できなかった大臼歯に対して要件は限られるが天然歯に近い色で歯冠修復できる新しい方法だ。これはプラスチック(レジン)を材料とする被せ物だが、CAD/CAM技術を応用して従来のプラスチック冠よりも強靭な物性を有している。

(参考)大臼歯CAD/CAM冠 – 日本補綴歯科学会

この患者さん(消費者)にとって付加価値の高い治療法が保険導入(普及)された背景には、銀歯の材料である金銀パラジウム合金(原材料)の高騰が背景にあった。

1.金属価格高騰による現場の圧迫

金銀パラジウム合金は1961年の国民皆保険制度とともに保険適応の銀歯の材料として採用された。

今でも物性的には金(14K-18K)で被せ物を作るのが理想だが、財源の制約があった。当時パラジウムは安価で、金の優れた物性を維持したままカサ増しするのに最適だった。

しかし近年パラジウムの需要は高まり価格は高騰している。歯科用金銀パラジウム合金の商品キャストウェル(30g)の販売価格は2000年1月に12,000円だったのが2015年1月は35,000円、2020年1月は75,000円となっている。

(参考)パラジウムが二倍以上に急騰した理由

(参考)チャートギャラリー 目で見る相場

いまやパラジウム価格は金価格に迫っており、カサ増しとしての意義はなくなってしまった。保険制度が無ければ金銀パラジウム合金と18Kゴールドとの価格差は無いので、臨床的に利点の多い18Kゴールドを採用するかもしれない。

しかし金銀パラジウム合金の60年に及ぶ実績は強固で、早晩保険から外れることはない。長年の信頼によるブランド力があると言っていいだろう。CAD/CAM冠が既に保険導入されている現時点においても歯並びや顎の力などの状態に応じて銀歯を推奨すべきだと私自身も考えている。

一方で金属材料費の高騰は歯科医院経営を圧迫し、利益率の低下や、技工料の値下げ圧力という形で現場を苦しめていた。これをシュリンクフレーションと言えるかは不明だが、少なくとも歯科医師は使用金属量を以前よりも厳しく節約している。

(金属量の節約は歯を必要最小限に削ることで達成できるので、生体組織の温存という意味では必ずしも患者の不利益ではないことを付言する。)

しかし今後さらに値上がりする可能性のある金属原材料は、医療保険財源をも圧迫する可能性があり、持続可能とは言えない状況となっていた。

2.新技術普及のインセンティブの高まり

高騰する金属材料費に対し抜本的な解決を求める機運の高まりは、既に臨床研究が進んでいたCAD/CAM冠の保険収載の後押しとなった。

(参考)CAD/CAM冠の現状と将来展望

装着されたCAD/CAM冠(日本補綴歯科学会サイトより)

この時、新技術であるCAD/CAM冠への懸念は根強く、保険収載の慎重論や、保険適応となったものの自分のクリニックでの使用は不安だという声も大きかった。

CAD/CAM冠は小臼歯に対して先行導入されていたが、厚労省発表の社会医療診療行為別統計において小臼歯の被せ物全体に対するCAD/CAM冠の割合は、導入初年度である2014年は前述の懸念を反映して4%であった。

しかし金属材料費の爆発的高騰と、症例蓄積に後押しされ、2015年は15%、2016年は25%程度と推移していった。(2017年以降の統計は未発表)

歯科医師同士の話での体感ベースでは、「患者が白い歯を喜ぶから積極的に使用」と「耐久性に不安があるが金属高騰によりやむをえず使用」双方意見があるものの、もはやCAD/CAM冠普及の流れは止められないように感じた。

これらの状況を踏まえて大臼歯は適応に対し様々な条件がついているが2017年に適応可能になった。それまで保険診療内では大臼歯は銀歯しか選択肢がなかったので、適応拡大(≒規制緩和)であった。

3.新技術によって患者の満足度と原価対策の双方を達成した

患者さん(消費者)目線では、銀歯よりも白い歯に対しニーズがあるのは当然歯科医師も分かっている。しかしこれまでは「プラスチック冠は耐久力が疑問」という理由で銀歯にするか、保険外セラミック治療にするかという選択肢を提示していたのが多数派と思う。

銀歯か保険外セラミックかという既存の価値観は根強かったが、ここまで見てきたように技術革新によるプラスチック冠(CAD/CAM冠)の耐久力向上を背景に、金属材料費高騰という現場(歯科医院経営)と行政(医療保険財源)双方へのコストプッシュがCAD/CAM冠の保険適応(普及)に至る契機となった。

結果として患者さんは新たな選択肢を得た。現場感覚ではあるが、CAD/CAM冠を装着した患者さんからは、保険適応でここまでできることに驚き、喜んでいただけている。

はたして金属原価の爆発的高騰がなくとも、患者が喜ぶ大臼歯へのCAD/CAM冠保険適応はあっただろうか。

今後はCAD/CAM技術自体の競争原理による値下がりや、さらなる物性向上が期待できる。より安価に高性能のCAD/CAM冠が提供できるようになれば、もはや銀歯を使う必要性は限りなく減少し、医療保険財源・歯科医師・患者にとっても望ましい未来になると考えている。

まとめ

以上は保険導入され、適用拡大が進むCAD/CAM冠の紹介ではあるが、原材料費の高騰と現場への圧迫を伴うシュリンクフレーションというインフレが進行する現代社会における、現場と行政が一体となり、消費者のニーズにも応えた解決策のイチ例とも読み解けると考えている。

少子化によって縮小する市場で生き残る覚悟のあるプレーヤーは、揺らぐ既存価値に対抗する、あたらしい技術の開発と普及がいますべきことで、延命のための補助金を求めることではない。これは個々人においても言える。

また行政は消費者の選択肢を増やす形で規制緩和するのが、進むべき道だ。

既存商品の多くがコスト高となる中、問題解決に資する新技術にとっては追い風とみることもできるのではないか。あたらしい価値感が普及する機会が来ていると考えている。

中田 智之 歯学博士・歯周病認定医
ブログやアゴラで発信する執筆系歯医者。正しい医学知識の普及と医療デマの根絶を目指している。地域政党「あたらしい党」党員。

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