緊急事態条項が与野党の健全な緊張関係を保障する

2020年02月05日 06:01

護憲派しぐさ

普段は「憲法は国家権力を縛るものだ」と主張する護憲派は憲法への緊急事態条項の導入に強く反対する。

しかし、憲法が国家権力を縛る性質を有するならば憲法に緊急事態条項を導入しても問題ないはずである。実際、緊急時における統治機構の権限を明確化することは権力の恣意を防ぎ「縛る」に通ずるものであり、緊急事態条項の導入はまさに立憲主義に合致する。

ところが護憲派は日本国憲法を守りたいがために「憲法に緊急事態条項はなくとも緊急事態法制(災害対策基本法等)があるから問題ない」と主張し「公共の福祉」の拡大解釈を容認している。このことについて既に記した(参照拙稿:緊急事態条項批判は“立憲的”か?)。

緊急事態条項に反対する護憲派の主張は「国家権力を縛るとは公共の福祉を拡大解釈することである」に等しく「丸い三角形」とか「晴天の空は真っ黒だ」と同じくらい奇妙なものである。

護憲派は日本国憲法を聖典視しており、同憲法を守るためならどんな矛盾でも受け入れる。

今、新型コロナウィルスを巡り緊急事態条項の導入について少なからず注目が集まっており、これに対して立憲民主党の枝野代表は「現行法制でできる。それを運用するのかどうかという行政判断の問題だ。憲法とは全く関係ない」と言うがどうして行政判断と憲法を「全く関係ない」と言い切るのか(参照:産経新聞)。

立憲民主党サイトより

「運用の妙」の肯定は「現場」の権限濫用を招く恐れがあり、とても立憲主義の擁護を党是とする政党代表の発言ではない。

枝野氏は護憲派ではないかもしれないが、支持層には原理的な護憲派が多数いることは確実であり、彼(女)らを意識しているからこのような発言をしてしまうのである。

「護憲派しぐさ」とでも言おうか。

野党の批判力を奪う超党派対応

憲法への緊急事態条項の導入を避けたいがために緊急事態における「超党派対応」を求める声、例えば「公共の福祉」を根拠とした緊急事態法制の制定に対しては与野党一致で臨むべきだという声がある。今、新型コロナウィルスを巡る野党の国会対応への批判も根底にはこの超党派対応を肯定する理解がある。

新型コロナウイルス感染症対策本部で発言する安倍首相(官邸サイトより)

しかし、緊急事態における超党派対応はそれほど肯定できるものではない。

言うまでもなく緊急事態における与党の役割は重大だが、対する野党の役割は相当に限られる。やや突き放した言い方をすれば緊急事態における野党の出番は国会くらいしかない。野党は実際に緊急事態に対応する行政組織に対して「受身」になることは避けられない。

国会くらいしか出番のない野党に超党派対応の名目で与党が提出した緊急事態法制への賛成を迫るのは野党の批判力を奪うものである。

与党に「野党だってこの法律に賛成したでしょう?」といった言説を安易に与えるべきではない。戦前「挙国一致」という名の超党派対応が戦争を忌避する声を小さくしたことを忘れてはならない。

むしろ憲法を改正し内閣に国会の事後承認を大前提とした緊急立法権を付与したほうが野党はなんの遠慮もなく与党の緊急事態対応を検証・批判できる。たとえ緊急事態であっても与野党の緊張関係は解消されるべきではない。

野党の性格・立ち位置を考えれば憲法に緊急事態条項を導入したほうが野党の力は存分に発揮できるし、与野党の緊張関係は維持され、そのほうが国民の利益になる。

言うなれば緊急事態条項は与野党の健全な緊張関係を保障する制度である。

最大の受益者は官僚

緊急事態条項の導入を避けることで最大の利益を得るのは官僚である。

「拡大解釈」「運用の妙」の肯定など官僚にとって「追い風」でしかない。官僚とは法令作成・運用のエキスパートである。しかも超党派対応を強調することで自らへの批判を封じることもできる。これほど官僚に有利なことはない。

このまま行けば国民の生命と安全に責任を持つのは政治家ではなく官僚になる

政治家は緊急事態が起きても官僚のペーパーを読み上げるだけの存在になる。

反安倍など憲法に緊急事態条項を導入すると日本は非民主主義国家になるような言い回しをするが緊急事態条項を導入しないほうがある種の非民主主義国家(官僚国家)になるのではないか。

緊急事態条項に限らず責任ある立場に明示された然るべき権限を与えないと必ず「解釈屋」が幅を利かし彼(女)らが実権を握る。

論を戻すが内閣・与党の責任を明確化し野党の実力を最大限発揮させ両者の健全な緊張関係を維持するためにも憲法を改正し緊急事態条項(内閣の緊急立法権)を導入すべきである。

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