高速電波バーストは神のメッセージ?

長谷川 良

日本語で「高速電波バースト」と呼ばれる Fast radio burst(FRB)をご存じだろう。深宇宙に由来する電波閃光だ。その起源、位置は不明だが、エイリアン(地球外知的生命体)の存在と関連してメディアでも時たま報道されるから、ご存じの読者もおられると思う。

▲カナダの「カナダ水素強度マッピング実験(CHIME)」電波望遠鏡(CHIME公式サイトから)

▲カナダの「カナダ水素強度マッピング実験(CHIME)」電波望遠鏡(CHIME公式サイトから)

「なぜ、突然FRBか」というと、カナダのドミニオン電波天文台に設置された観測装置「CHIME電波望遠鏡(the Canadian Hydrogen Intensity Mapping Experiment)」がこのほど反復型FRBを受信した、というニュースが流れてきたのだ。「FRBは16日間隔で届き、地球から5億光年離れた渦巻銀河から放射されている」というのだ。

FRBの母天体が判明したのは今回が2例目だ。そのFRBがエイリアンからの信号か、それともブラックホールからかは判断できない。

高速電波バーストは2007年に初めて発見された。深宇宙から発せられる高速電波バーストの母天体の発生源をキャッチするのは難しい。個々のバーストの持続時間は数ミリ秒(1ミリ秒は1000分の1秒)だからだ。

その話を知人に話すと、彼は「きっと、神からのメッセージではないか」というのだ。彼は、「神は沈黙などしていない。彼は人類と話したいので常にメッセージを送っている」と考える敬虔な信者だ。その神のメッセージをキャッチできないから、「神はいない」とか「神は沈黙し、苦しむ人類には関心を失っている」といった声が信徒や神学者からも飛び出してくるという。神学界には「神の存在証明」ではなく、「神の不在証明」論が溢れているのが現代のキリスト教会だと嘆く(「『神之不在』に苦悩した人々」2011年8月18日参考)。

ギリシャの哲学者エピクア(紀元前341年~271年)は、「神は人間の苦しみを救えるか」という命題に対し、「神は人間の苦しみを救いたいのか」、「神は救済できるのか」を問い返し、「救いたくないのであれば、神は悪意であり、できないのなら神は無能だ」と述べている。近代に入っては、「赤と黒」や「バルムの僧院」などの小説で日本でも有名な仏作家スタンダール(1783年~1842年)は(神が人間の苦痛を救えない事に対し)、「神の唯一の釈明は『自分は存在しない』ということだ」と主張している。

ポルトガルの首都リスボンで1755年11月1日、マグニチュード8・5から9の巨大地震が発生し、同市だけで3万人から10万人の犠牲者を出し、同国で総数30万人が被災した。文字通り、欧州最大の大震災だった。その結果、欧州全土は経済ばかりか、社会的、文化的にも大きなダメージを受けた(「大震災の文化・思想的挑戦」2011年3月24日参照)。仏哲学者ヴォルテール(1694年~1778年)はリスボン大震災の同時代に生きた人間だ。彼は被災者の状況に心を寄せ、「どうして神は人間を苦しめるのか」を問いかけ、「神の沈黙」への苦悩を吐露した。

話をFRBに戻す。知人は「FRBはエイリアンからの電波ではなく、神のメッセージだ」と主張する。知人の話が正しいとすれば、神は沈黙どころか、饒舌なぐらいだ。なぜならば、「FRBは16日間隔で頻繁に届けられてきているから」ということになる。

発信のインターバルが規則正しいということは、その発信者は知性的存在であり、人類に強い関心がある存在ではないか、というのだ。上記の条件を満たす存在は知人には「神」しか考えられないのだ。

それでは、なぜ神はこの時、人類に向かってFRBを頻繁に発信するのだろうか。知人は少し間を置いてから、「君は新型コロナウイルスについて頻繁に記事を書いているが、神は新型コロナウイルス対策で人類に処方箋を送ってきているのかもしれないよ」と説明した。

神は中国湖北省武漢市から発生した新型コロナウイルスに関心があるのだろうか。知人曰く、「神が人類の親とすれば、人類が苦しんでいる新型肺炎についても関心を有していると考えるほうが論理的ではないか。神は新型肺炎の対策で人類に知恵を送りたいのではないか」というわけだ。

知人の話を理解するのは時に難しい。今回の話も例外ではない。ただし、知人の主張は大胆だが、論理は大きくは崩れていないから、彼の話を突き放すこともできない。神は新型コロナウイルスに苦しむ人類を救うために処方箋のメッセージを送ってきている、という知人の主張を笑うことはできない。むしろ、その通りだと相槌を打ちたいほどだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。