中山淳雄著「オタク経済圏創世記」

2020年03月12日 14:00

「オタク」という用語が定着して久しい。当初は影のあるネガティブな印象が濃かったが、ポップカルチャーを支えるファン層へとプラスのイメージに反転した。それはオタク領域がニッチなサブ文化からマスの主流文化へと成長し、趣味の領域がビジネスや産業を形成するパワーへと転換したことをも意味する。

本書はDeNA、バンダイナムコなどを経てブシロード執行役員を務める筆者が、マンガ、アニメ、ゲームから音楽、そしてプロレスに至るまで、オタク文化の生産と消費がいかに拡大し、変化し、グローバル化してきたかを、豊富な事例やデータをもとに解き明かす。

そしてその成功戦略がオタク産業にとどまらず、製造業など他の産業にも応用できる共通の原理を持つことを示唆する。コンテンツ産業は十数兆円市場だが、GDP500兆円に広がる希望を抱かせる。

2.5次元展開

オタク産業の成功例として強調されるのが「2.5次元」展開だ。2次元=バーチャルのアニメやゲームなどのコンテンツやキャラクターと、3次元=現実のタレントによるライブ興行など複数のメディアを同時多発的に巻き込む戦略だ。

ポケモン、ドラゴンボール、新日本プロレス。本書が事例として挙げ、米国で市場を築いたオタク文化商品はいずれも、デジタルによるコンテンツとライブとを組み合わせ、グローバル展開を進めたものだ。

コンテンツ産業は波動的に成長してきた。60年代からの日本アニメの産業化、80年代からのゲームの世界的寡占、90年代のアニメイベント展開、2000年代のマンガ・アニメの海賊版浸透、2010年代の動画配信ビジネス。

そこに2010年代におけるソーシャル化が加わった。つまり「イベントとSNSを通じてコミュニティ化された友人同士が動画配信でトレンドを共有、キャラ商品のeコマース展開などで共有する時代」となることで、人気が拡大・定着したという見方だ。

産業成長の背景

オタク産業は複合的な要因で成長してきた、と本書は見る。

まずコスト構造。マンガは米国に比べ1/10の価格のものを3倍のスピードで提供する圧倒的な価格優位性・生産体制を有した。高品質な工業製品を安価に提供する日本的な生産装置がコンテンツにも適用された。

ただ、家電などの産業とは異なり、国家や財閥とも対極にあるベンチャーから立ち上がったニッチな産業であった点が重要だ。

そこに高度で大量の人材が投入された。「2000年以前、起業家精神の高い人材のほとんどが小説家、漫画家、映画・アニメ監督、ゲームクリエイターになった。」マンガ雑誌やTVアニメ、コンソールゲームがその受け皿だった。

連携もポイントだ。ディズニーやタイム・ワーナーなどのメディア巨人による資本力でのコンテンツ制作と異なり、資本関係にない企業群が現場重視のボトムアップで歩調を合わせ作品を創っていく。

そして自由。アニメは海外にみられる表現の制約がなかった。「アングラ文化として自由に発展させてきた」。

消費構造も重要だ。大人と子供の文化的な線引きも緩く、大量の雑誌が流通し、「大人向けアニメという発明品」が誕生して、大人から子供まで消費する。

こうした特殊な生産・消費構造が日本をオタク産業の本場にしたとする筆者の横断的な視点に同意する。

95年以降のビジネス変化

本書は、コンテンツ業界は95年を境に失墜したと見る。国内は衰退傾向となった。95年は可処分所得のピーク、つまり日本経済じたいが山場を迎えた時期であり、収縮に向かうのは必然だったかもしれない。

ただ、同時に、95年はPCやネットなどデジタル化の本格離陸の年であり、コンテンツのグローバル展開の始まりでもある。以後、マンガ、アニメ、ゲームはデジタル+海外で盛況を迎える。

2010年以降、スマホが主要デバイスとなり、「1日7-9時間の情報消費習慣の半分以上をスマホが奪った。」モバイルのコンテンツではゲームがマンガ、動画、音楽をはるかにしのぎ、全体の消費の7割を占める。TVゲームの海外市場が縮小する一方、オンラインゲームが2000億円に成長し、アニメは7年で3倍の500億円に達するという。ネットと海賊版で海外のオタクも育った。フランスのジャパンエキスポ、アメリカのアニメエキスポには数十万人が参加する。

本丸は権利ビジネスだ。テレビ・映画放映の1次流通の後の2次利用で稼ぐ。VHSや音楽CD、玩具や食品でのキャラクター展開である。アニメ制作者の売上は2444億円、その後の権利ビジネスは2.1兆円。1ケタ数字が違うという。そしてポケモンは20年間で累計10兆円の売上だという。1コンテンツが巨大な産業を生み出す。しかも「ほぼすべてのキャラクターが米国と日本から生まれている」意味を、日本はより戦略的に捉える必要があろう。

ライブ+ソーシャル

「アナと雪の女王」は1500万人のユーザ数で収益が50億円なのに対し、「ラブライブ!」は3-400万人で440億円。ユーザ数が1/5なのに売上が10倍近いという。筆者は「オタクを部屋の外に出した。ライブに行くアクティブなオタクを創り上げた。」と評する。しかもオタクはロイヤリティが高く、一般客の3倍の金額を使うという。

2010年-15年に音楽ライブ市場は突如3倍に膨らんだという。「音楽ほどパッケージからネット+ロケーションへの変動を体現している業界はない。」ソーシャルメディアやシェアリングサービスによるコミュニティ機能があいまって効果を上げているようだ。ユーザコミュニティを形成し、コンテンツをアップデートし続ける双方向モデルにビジネスモデルを転換している。これはコンテンツのメーカーから「サービス事業者への変化」と筆者は見る。「ポケモンGO」の成功もこれに連なる。「2次元世界と3次元世界に道筋をつけた」重要事例だ。

さらに本書が強調するのが「新日本プロレス」の成功だ。「テレビからの脱落がグローバル化につながった」とみる。「日本ではテレビとの距離が近いコンテンツほど、海外や配信といった新しい動きへのキャッチアップが遅れ、パッケージビジネスと同様に1995年から凋落が始まっている。」実に示唆に富む。今年始まる5Gでこの傾向は加速するだろうか。

日本企業の勝ちパターンとは

結論として本書は、日本企業の旧態依然とした協調路線はあながち間違っていない、連携コンソーシアムにより作品製の高いキャラ・物語を創り、グローバルな市場を形成するところに勝ちパターンがあるのではないか、と説く。

――覇権がテレビを中心としたトップダウンのものから、ネットとコミュニティを中心としたボトムアップのものに移転している。2次元(アニメ・ゲーム)と3次元(タレント)を組み合わせ、ライブコンテンツのサービス事業として展開することが大事だ。ライブコンテンツメーカーという事業構造が日本のキャラクター経済圏の主体になる。

――北米がメディア・コンツェルンとして巨大な組織を作るのとは逆に、複数のコミュニティが文化コンソーシアムとして共生するゆるいモジュラー型の連合体で、古い企業の資産を最大限に活かす取組が日本企業の道。

――ハードウェアなどの装置産業もソフトウェアの文化産業とコンソーシアムを組んで異文化に仕掛けることが必要ではないか。

これが著者の主張だ。アメリカのビジネススクールでは聞かれない、けれど歴史とデータと現場感に裏付けされた傾聴に値する見方だと思う。
マンガ、アニメ、ゲームそしてプロレスはいずれも米国から輸入したものが日本で特殊な進化を遂げ、海外に輸出されるようになったものだ。クールジャパンとは、海外産のものを日本が進化させ輸出産業になったものをいう。

コンビニ、制服ファッション、ラーメン。コンテンツ以外にもさまざまな事例がある。プロレスがクールジャパンになったように、他にもまだまだ発掘できるネタはあろう。本書は多くの産業に共通するヒントを与える。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2020年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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