国の専門家会議は2月24日に「これから1-2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際となります」と述べたが、3月9日の見解ではこう書いている。
これまでに国内で感染が確認された方のうち重症・軽症に関わらず約8 0%の方は、他の人に感染させていません。また、実効再生産数(感染症の流行が進行中の集団のあ る時点における、1人の感染者から二次感染させた平均の数)は日によって変動はあるものの概ね1程度で推移しています。
これは重要なデータである。実効再生産数は感染力を示す指標で、これが「おおむね1」ということは、新型コロナの感染がピークアウトした可能性を示唆するからだ。次の図のように新規患者数も死者も、先週で頭打ちになっている。これは検査キットの不足などの原因も考えられるが、感染が飽和した可能性もある。
感染が永久に拡大することはありえない。実効再生産数をRとすると、感染が拡大するにつれて免疫をもつ(あるいは死ぬ)人が感染対象から脱落してRが下がり、
- R>1:感染が拡大する
- R=1:感染の拡大が止まる
- R<1:感染が衰える
と変化する。R=1となったときが感染拡大のピークである。いつかは感染が飽和してR=1になるが、それは全員が感染したときではない。
たとえばR=3とすると、集団の3人のうち1人が感染して免疫をもつと、残り2人に感染する。2人が免疫をもつとR=1になって、感染の拡大は止まる。
このように集団内で十分多くの人が免疫を獲得したら感染の拡大は終わるという理論を集団免疫論と呼ぶ。くわしい説明はブログに書いたが、簡単にいうと集団免疫が成立する免疫比率Hは、基本再生産数をR0とすると
H=1-1/R0 (*)
となる。この式でR0=2.5だとH=0.6になるので、国民の60%が免疫をもつと集団免疫が成立し、感染の拡大が止まる(R0はRと非免疫人口比率の積だが、今はおおむねRと同じと考えてよい)。
国民の60%が感染する必要はない
イギリスではジョンソン首相が集団免疫戦略をとり、政府の科学顧問が「英国民の60%がコロナに感染すれば集団免疫が成り立つ」と発言して論議を呼んだ。ドイツのメルケル首相も「ドイツ国民の60~70%が新型コロナウイルスに感染する」と議会で述べたが、これもR=2.5と想定した計算だろう。
それに対して強い批判が専門家からも寄せられているが、その根拠も「60%以上の国民が感染する」という前提の政策はありえないということだ。そうだろうか。
WHOの推定では、コロナウイルスのR0は国によって大きく異なり、1.4~2.5と幅が大きい。イギリスやドイツの数値はこの最大値を想定したものだが、実効再生産数Rはそれに感染速度や人口比率をかけたもので、R0よりかなり小さいのが普通だ。(*)式でR=1.4とするとH=0.29だから、人口の約30%で集団免疫が成立する。
もし日本のようにR=1ならH=0で、すでに免疫は成立していることになる。再生産数の推定には不確実性が大きく、専門家会議の3月2日の見解でも「現在の感染状況は集団免疫を期待できるレベルではありません」と述べているが、今後もRが1前後で推移するなら、日本では国民の1%が感染するまでに集団免疫が成立する可能性もある。
1%でも約120万人が感染し、致死率0.5%とすると6000人が死亡する。これが「感染を許容する集団免疫論は非人道的だ」といわれる所以だが、これは感染症としてはインフルエンザと同じぐらいだ。
それ以外の選択肢は、今の封じ込め戦略を何年も続けることしかないが、感染者をゼロにすることは不可能だ。国民は疲れ、医療は崩壊してコロナ以外の死者が増えるだろう。成長率は大幅なマイナスが続き、感染ではなく大不況で日本経済が破綻してしまう。
日本も実質的に集団免疫戦略をとっている
これは福沢諭吉のいう「悪さ加減の選択」だが、日本のとるべき戦略は明らかだ。それが専門家会議の提言したピークカット戦略である。ここではコロナを完全に封じ込めることは想定しておらず、その感染を遅らせて時間を稼ぎ、医療体制を強化することになっている。つまり日本は、実質的に集団免疫戦略をとっているのだ。
これは実効再生産数がきわめて低い日本に適した戦略だが、それを明示することは政治的にむずかしい。「国民の多くが感染するのを放置して高齢者を見殺しにするのか」といった批判が出てくるからだ。しかしこれは集団免疫に必要な感染率を過大評価している。
唐木英明氏のような集団免疫に肯定的な専門家も「60%の感染を許容しなければならない」というが、これもR=2.5としている。実効再生産数で考えると、上に書いたように日本で必要な集団免疫率は1%以下になる可能性がある。これは患者データとも整合的で、現在の死者20人から感染者を逆算すると4000人程度だ。
集団免疫は、高齢者を見殺しにする戦略ではない。入院患者を抑制して医療の崩壊を防げば、死者は減少するのだ。こうして1年も時間をかせげば、コロナのワクチンや治療薬もでき、インフルエンザと同じありふれた感染症になるだろう。
日本では感染をゼロにする封じ込め戦略は不可能であり、必要でもない。企業の営業自粛や学校の一斉休校などの私権制限をやめ、風邪を引いた人は自宅で休む程度にし、ゆるやかな感染を許容する集団免疫戦略に転換すべきだ。
追記:イギリス政府の集団免疫率の目標値は報道がまちまちだが60%に統一し、日本の数値を修正した。